【中編】13歳、藤原霞 上 ページ9
◆
木木野さん宅、棗 八雲さんのお名前が登場します。
http://uranai.nosv.org/u.php/novel/roman_/
◆
ぱたぱた、という軽い音とともにお下げが揺れる。
藤色の瞳はあどけなく、太陽の光を映り込ませては煌めいた。
急かすように前へ前へと駆けていくのを、二人の男女が悠々と追う。
「転びなさんな。本は逃げないよ」
「でも、売り切れてしまうことがあるでしょう。本は逃げるの！」
振り返った拍子に、少し大きいキャスケット帽がひとりでに落ちてくる。
それで視界が塞がったのを慌てて持ち上げて、少女はふたたび前へ足を急がせる。
陽の光を背にした男女の表情は見えない。ただ、声色はひどく穏やかだ。
――そうであってくれ、と思っているからかも解らないが。
ぼやけている。男女の姿は、ひどく。
無理もない。想起する者の記憶がそうであるから。
場面が飛ぶ。少女は、庇が影を作る馴染みの書店へ吸い込まれていく。
長いこと売れていないのか、隅を見れば埃を被った塔もある。
それをちょっと哀れっぽさそうな目で一瞥して、
しかし少女の目線は最も入り口に近い部分に積まれた本へと注がれる。
茶渋色の薄紙に「棗先生 新刊」と記された筆文字は堂々として誇らしげだ。
「なつめ先生！ほら、あともうこれだけしかない」
「ああ、本当だ」「この娘の言う通りだったわね」
他に客もいないのに、少女はいそいでそのうちの一冊を手に取り、
大切な宝物を取られまいとするように、ぎゅう、と小さな胸いっぱいに抱きしめた。
新しい紙の匂いがする。しなやかな表紙には、大好きな探偵の名前が載っている。
「それにしてもお前、他のじゃなくっていいのかい。人の死ぬ話なんてえ物騒だよ。
お前と同じ年頃の娘はもっと、恋や愛やの話を読んでいるんじゃあないかい」
「や！なつめ先生のがいい！ わたしが慕うのは、この探偵様だけなの」
「まあ、好きにさせてやりましょう。
将来立派な作家様になるかもしれないよ、ねえ？」
「……作家さまじゃないよ。探偵になるんだから」
ぶつくさ言う少女にまた帽子が落ちてくる。
男女のうち一人がかがみ込んで、帽子の大きさを調整してやる。
貰って以来毎日のように被っている帽子は、すっかりへたれてしまっている。
帰ったら縫ってやりましょうね、という声が少女の耳に届く。
少女は喜ぶより早く、そうすると大事な帽子がちいさくなってしまうということ？、と少しばかり不服に思った。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 3人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
小春(プロフ) - 珈琲さん» 企画主様！閲覧ありがとうございます。（派生作品のご連絡遅れてしまってすみません……！） (2022年8月20日 18時) (
レス) id: fb7c2aa482 (このIDを非表示/違反報告)
珈琲(プロフ) - 描写が素晴らしすぎる…！「その赤は激情か」お気に入りです。 (2022年8月20日 17時) (レス) @page2 id: 3ddce89f00 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：小春 | 作成日時：2022年8月11日 21時
