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意外と几帳面そうな入野さんでもこういうところは抜けているようで。
ベッドの上の掛け布団は、起き上がってそのままであろう形状になっている。
ここで寝てはいけないと頭で考えながらも、昨日は色々ありすぎてあまり眠れなかったし。日差しの暖かさと入野さんの安心する匂いで微睡み始めていた。
思い返せば、風のように速く過ぎ、中身がぎっしり詰まった実のように充実していたこの数ヶ月間。
今考えても信じられない。
私は数ヶ月前まで、ただの“入野自由くん”のファンの一人で。
ライブもイベントも人並みに行ったし、グッズだって家にはまだたくさんある。
私のようなファンは、入野さんのような人気声優ならそれこそ山ほどいるだろう。
けれど、今はその“入野自由くん”の恋人である。
二人で会って、たくさん話して、デートをして、
手を繋いで、キスをして。
結婚の話までしてしまった。
私の隣にいるときの入野さんは、本当に普通の恋人なのだが、本当に恋人のようで、“声優”であることをあまり感じさせない。
きっと、入野さんもあまりそう思わせないようにしてくれているのだろう。
しかしやはり、テレビや雑誌やMVなんかに映っている入野さんは、別人のようだ。
私より可愛いファンなんて絶対沢山いるだろうし、私より可愛い女性声優さんだって沢山いる。
住む世界が違う、なんて考えてしまうと「入野さんの恋人は本当に私でいいのだろうか」と、何度「Aがいいんだけど」と呆れたように言われようが、不安になるものはなる。
それだけが原因ではないけれど、やはり触れる機会が少ないからというのもあってか、「ちゃんと私は愛を伝えられているのかな」とか、「入野さんは私のことを愛してくれているのかな」などと考えてしまう。
「・・・入野さん・・・」
誰もいない家でそう呟いて、私は意識を手放した。
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作者名:莉兎 | 作成日時:2019年4月2日 16時