【第五人格】綿遊び【短編】 (ページ9)

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リッパー ◇ ページ9

「君はさながら、人魚姫のようだな」

湖景村の草木を潜り抜けザバァ、と地面から浮き上がれば目の前に長細い足。げ、と思ったときにはそのまま体を引っ張りあげられふわりと薔薇の香りがする胸へと抱き上げられた。
こちらを覗き込むのは片目の紳士、いつもはギラリと光る手も今日はゆらゆらと緑色に揺れている。なんだか無駄に格好いい衣装を着込んでいるコイツから逃げた筈だったのにまさかその張本人に向かっていたとは。畜生瞬間移動つけてやがったな。

「障害さえも乗り越えて私の元に一直線に泳いできてくれるとはね」

「その数十秒前思い出してみて、アンタから全力で逃げてたでしょ」

「おや、記憶にないな」

フンフンと鼻歌を口ずさむ彼は私をチェアへと座らせることなく目的があるように歩き出した。他のサバイバー達は解読を順調に進めているし、3人逃げればこのゲームはこちら側の勝ちだ。暴れるのは無駄だろうと抵抗もせず大人しくその胸と腕に体を預け、解読に集中して、と連絡を入れておいた。

「ねぇ、何処向かってるの」

「着いてからのお楽しみさ」

「あっそ」

ため息をつけば薔薇の香りに混じって潮の匂いがした。やがて大きな沈没船が見えてきてああ、海に行こうとしていたのだと理解する。
いつでも薄暗いここの海は、かの人魚姫が王子を助けた夜に似ているだろう。月明かりさえも満足に届かないこの場所は確かに彼女が隠れるのには最適だ。
ざざん、ざざんと押しては返す波の音に故郷を思い出す。

「ここで君を放したら、君はきっと帰ってしまうのだろうね」

仮面のまま額にキスを贈られる。
そして言葉とは裏腹に丁寧すぎる程にゆっくりと波打ち際に下ろされる。ぱしゃりと懐かしい感覚が足を伝えばけたたましいサイレンの音が響いた。
このまま海へ潜っていつまでもいつまでも泳いでいけばこの荘園から、目の前に跪く彼から逃げることが出来るのだろうか。
いやいや出来るわけないだろ、なんて当たり前の答えが頭の中にすぐ浮かんだ。けれど、それはシステムとかそういう話じゃない、そう、もっと。