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「今日はあそこいねえの」
「は、い。当番は、週に一回で」
「誰もいねえけど」
「もうすぐ来ると思います」
「入っちゃえば、ヌシじゃんオマエ」
「ヌシじゃないです…」
私の目の前の席で頬杖をついている彼の足先がこつんと私の脛に当たった途端、これは幻ではないのだと悟る。
来てくれた。野良猫が日当たりのいい場所を求めてふらつくような、そんな気まぐれのようなものだとしても、なんだか身体中がほわほわと温かくなった。緊張と不安と、それとほんの少しの期待が私の胸の奥をやかましく揺らすのに、口の方は依然として思い通りに動いてくれないままだった。彼はそんな私を見かねたのか、「オレのこと覚えてる？」なんて明らかに呆れているニュアンスの言葉を投げかけてきた。
「は、はい。わす、わすれてません」
「名前言える？」
「え」
「なまえ」
尋問、そんな単語がふと脳裏に浮かぶ。例えば、白状しろ、と刑事さんに詰め寄られたり、裁判所で被告人は前へ、なんて言われたり、そういう場に立たされた時はこんな気持ちになったりするんだろうか。彼の名前なんて知らないはずがないけれど、果たして軽々しく、気安く呼んでもいいものなのだろうか。たった一言返せばいい、そんなことすら私には難しかった。
「……佐野…」
「ん」
「………さん」
「『さん』？」
「うぅ」
「オマエタメじゃねーの」
「お、おないどし、です」
「だったらキモい呼び方すんな」
友達がいなくて、空気みたいに扱われて。それでも直接的な暴言なんて吐かれたことが無かったので、彼の粗雑な受け答えに全身から汗が噴き出すような心地がした。だってだって、それじゃあ、つい先日会ったばかりの人のこと、どうやって。そうやって一人ぐるぐる悩んでいると、彼は所在なげに羽織っているパーカーの紐の部分を指に巻き付けながら口を開いた。
「ここ何時まで開いてんの？」
「え」
「夜まで？」
「……ご、五時にはおしまいです」
「体育館は夜まで明かりついてっけど」
「運動部は大会前なので……」
さっき言われたことによるショックから立ち直れないまま間髪入れずに質問を投げかけられ、さっきから頭の中が一向に整理できなかった。そんな私に、彼はさらに追い打ちをかけるようなことを口にするのだった。
「じゃあその時間までいるわ、オマエどーすんの」
部活前の生徒、授業終わりで浮足立つ生徒、扉の向こうの廊下はそれらによって賑わっているはずなのに、何故だか今は私の心臓の音だけが鳴り響いているのではないか、そう思った。
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まめ(プロフ) - 世河経さん» コメントありがとうございます！丁寧に読んでいただいたみたいでとても嬉しいです😭 これからもよろしくお願いいたします！ (2022年4月7日 11時) (
レス) id: e02a633284 (このIDを非表示/違反報告)
世河経(プロフ) - 久し振りに感嘆の溜息を吐いたような気がします……作品の持つ雰囲気に刮目しました！是非、更新頑張られてください！！ (2022年4月2日 12時) (レス) @page2 id: 1e6cb0271b (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：みな | 作者ホームページ：https://mobile.twitter.com/nymn624
作成日時：2022年4月1日 21時
