21.稚魚 ページ22
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初めて新たなる学び舎とする所に足を踏み入れた時の、感情の揺れ動きようと言ったらなかった。
いくつかの小学校の生徒が一気に集約されたその空間は、さほど新しくない、古びた建物の中に収まるかどうかわからないほど落ち着きがなかった。
サケの稚魚が季節を巡って川から海へと放流していくように、私たちは新しい環境に順応していかなければならない。そんな難しいことが果たして勤まるのだろうか。大海にヒレを伸ばす前に、得体のしれない何かに呑み込まれてしまうかもしれない。禍々しいイメージ映像に固唾を飲んだけれど、なんとか堪えなければならなかった。
新生活は不安で、恐ろしいことでいっぱいだ。それでも、新しいことを片っ端から引き寄せて、いつの日か言われたその言葉を無視するわけにはいかなかった。
怖い、こわい、どうしよう、そんな陰気な言葉で頭をいっぱいにしながら始まった中学校生活だった。しかし、心配事の一角を占領していた『それ』は、案外簡単に解決してしまった。
あなたどこ小から来たの?
そのペンケースかわいいね。
良かったらこれからお話ししてよ。
席が近いから、ただそれだけの繋がりは、そんなありふれた会話でひとつの「仲良しグループ」を作り上げてしまった。ありふれた、けれど、ずっと憧れていた会話。私はすっかり舞い上がって、波に揉まれて沈み込んでしまう稚魚を想像したことなんてすっかり忘れてしまっていた。
移動教室、教科書の見せ合い。休み時間の「一緒にトイレ行こう」の言葉。遠巻きに眺めていたものが簡単に手に入ったことに、ますます舞い上がった。自分にとっては普通ではない「普通」が嬉しかった。
味わったことのない「普通」。
それをゆっくり噛みしめていたからだろうか。
私は、前もって心得ていなければならなかった、「女の子の普通」を見抜くことが出来なかった。
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まめ(プロフ) - 世河経さん» コメントありがとうございます!丁寧に読んでいただいたみたいでとても嬉しいです😭 これからもよろしくお願いいたします! (2022年4月7日 11時) (レス) id: e02a633284 (このIDを非表示/違反報告)
世河経(プロフ) - 久し振りに感嘆の溜息を吐いたような気がします……作品の持つ雰囲気に刮目しました!是非、更新頑張られてください!! (2022年4月2日 12時) (レス) @page2 id: 1e6cb0271b (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:みな | 作者ホームページ:https://mobile.twitter.com/nymn624
作成日時:2022年4月1日 21時