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家に入って、二階にある自分の部屋に入って自分の匂いに包まれる瞬間が一番安心する。ベッドに飛び込んで四肢を投げ出せば一瞬で張り詰めていたものが途切れて力が抜けるはずなのに、その日はなぜだかいつまで経ってもお腹の奥の方がめらめらと落ち着いてくれなかった。
「……さのまんじろう」
その名を口にしてみると、レンジで温めたマシュマロのように膨らんで弾けてしまうのではないか、と思うほど、一瞬で身体中が熱に覆われる。全く火の気がないのに人一人だけが焼け焦げてしまった、といつかのドキュメンタリー番組で見かけたことがあるけれど、他人事で済まされる話ではないのかもしれない。ああ、とても、とてもあつい。どうにかなってしまいそうだ。
『……あの』
『ん?』
『ご、ごめんなさい……』
『何が』
『私のせいで……』
『やめろ』
『え』
『誰にでもぺこぺこしても面白くねーだろ』
今まで一度だって言われたことがない言葉を忘れることなんて出来なくて、何度も何度も頭の中で数時間前の出来事を再生してしまう。
『オマエ、居残りすんだろ』
『……え』
『ならいつまでもユーレイみたいな顔すんな』
『…わ、わたし、ここにいても』
『……』
『いいんですか』
『オマエここで一番偉いんだろ、いーんちょ』
いーんちょ。
嫌だったはずなのに、とっても虚しかったはずなのに。
ぶっきらぼうに呼ばれるそれが、今まで感じたことが無いほど柔らかく温かかった。
『あ、ヒショさん?が一番こえーんだっけ」
『司書さん、です』
『そっか』
『……あの』
『ん?』
『ありがとうございます』
『……』
『……佐野くん』
『……ま、いっかそれで』
呆れたように頬を掻きながら、私が好きで、好きだから勧めた本を広げる、その姿が頭から離れてくれない。生まれて初めてしっかりと目を見て向き合った相手は、私が閉じこもっていた分厚くて硬い殻を、なんてことないように蹴り壊してしまっているみたいだった。
「……さのくん」
飲み込んだら焼け爛れそうになるのに。それでも、手を伸ばして、心のうちにしまい込んでおきたくてたまらない。
「佐野くん……」
そんな感情の正体を、私はまだ知らない。
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まめ(プロフ) - 世河経さん» コメントありがとうございます!丁寧に読んでいただいたみたいでとても嬉しいです😭 これからもよろしくお願いいたします! (2022年4月7日 11時) (レス) id: e02a633284 (このIDを非表示/違反報告)
世河経(プロフ) - 久し振りに感嘆の溜息を吐いたような気がします……作品の持つ雰囲気に刮目しました!是非、更新頑張られてください!! (2022年4月2日 12時) (レス) @page2 id: 1e6cb0271b (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:みな | 作者ホームページ:https://mobile.twitter.com/nymn624
作成日時:2022年4月1日 21時