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周りの顔色を窺って、空気に溶け込まなければ。波風を立てずに、ひっそりと生きなければ。
いつも考えているのはそんなことばかりだったのに、それ以外のことが頭に割り込んでくるようになってからというものの、なんだかすべてのことが上の空だった。
そういった地面に足のつかないような状態で、私は小学校生活最後の冬を迎えることになる。土の中で眠っている命が顔を出すのをただぼんやり待っているような、いつもの冬とは違う。草木や、毛むくじゃらの動物、それらと一緒に背筋を正す準備をしなければならない、そんな季節。中学生になる前の冬だ。
「深町さん、最近変わったね」
机を挟んで向こう側にいる担任の先生。大人の人の考えていることはどう背伸びしたって覗くことが出来なくて、思わず手に滲んだ汗をジーンズ生地のスカートに擦り付けた。二者面談、威圧的なその四文字は、否応にも心の奥の敏感な部分をはたかれるような、そんなことを言われてしまうのではないか、という気分にさせられた。
でも、先生が続けて口にした言葉は、そんな血の涙も無いようなことでは無かった。
「……か、かわった、というのは」
「いつも険しい顔してたから」
「けわしいかお……」
「考えなくていいことまで考え込んでるみたいで、子供じゃないみたいで。心配だった」
「……」
「でも、最近、楽しそうだよね」
授業中、何か別のこと考えてるみたい。
放課後、教室を出ていく足取りが軽いみたい。
そんなことを指摘され、恥ずかしくなって慌てて「ごめんなさい」と口にすれば、先生も「責めてないよ、ごめんね」と返し、互いにぺこぺこと肩を縮こませた。「学校が楽しいんだね」そんな問いに素直に首肯するのも、彼女には物珍しい事みたいだった。
「あのね、深町さん」
「……はい」
「ゆっくりでいいから」
「?」
「ゆっくりでいいからさ、新しい事片っ端から引き寄せて、やりたいこと見つけられたらいいなって」
「……」
「先生はそう思うな」
先生の口ぶりからして、私はどうやら空気ではない、別の生き物に作り変えられているらしかった。どうしてそんなことになっているのか。きっかけはいったい何なのか。そのどちらの答えも、なんとなくわかっていた。
隣の、そのまた隣の教室。分からないことを教えるいーんちょ、ではなく、通りすがりの女の子の視点から見つめる彼は、やっぱり手の届かない幻のように美しかった。石ころ同然の己から、変わる準備をしなければならない。漠然とそう思わせるほどに。
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まめ(プロフ) - 世河経さん» コメントありがとうございます!丁寧に読んでいただいたみたいでとても嬉しいです😭 これからもよろしくお願いいたします! (2022年4月7日 11時) (レス) id: e02a633284 (このIDを非表示/違反報告)
世河経(プロフ) - 久し振りに感嘆の溜息を吐いたような気がします……作品の持つ雰囲気に刮目しました!是非、更新頑張られてください!! (2022年4月2日 12時) (レス) @page2 id: 1e6cb0271b (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:みな | 作者ホームページ:https://mobile.twitter.com/nymn624
作成日時:2022年4月1日 21時