短編集【wrwrd】 (ページ19)

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「ちょ、まって！」

数分無心で走っていた。ぐい、と手を引っ張られてお兄さんの手を掴んだままなことを思い出し、ようやく私は立ち止まる。息が切れて口の中に血の味が広がっている。脇腹も痛い。

「あ、す、すみませんっ」

「ええ、けど……」

お互い今にも死にそうなほど息切れしている。私は普段の運動不足が祟って。お兄さんは下手なモデルなんかより脚が長いくせに、私の全力ダッシュに疲弊したようで道端に座り込んでいる。

「え、えっと…」

何か言い訳をしようとしたら手のひらを突き出された。「ちょっと待て」ということらしい。お兄さんがぜえぜえ呼吸を整える間、私は何を言おうかぐるぐる考えていた。

「すまんな…」

「いえ、こちらこそ…」

結局言い訳は思いつかなかった。警官から逃げるにしてもどうしてこのお兄さんの手を掴んだのか自分でも全く分からない。

「家出、よな」

しばしの沈黙を破り、先に口を開いたのはお兄さんだった。

「…はい」

「そうかあ。泊まるん怖かったら駅まで送ってったるよ。危ないし。漫喫でええ？」

「い、え…あの」

「ん？」

「泊めて、いただけますか」

正直駅前は怖かった。いつ母が探しに来るか分からないし、もしかしたらさっき逃げたせいで付近の警官に連絡されて捜索されていたら大変困る。「兄です」なんて見え見えの嘘、絶対バレている。

このお兄さんが善意100%だとは思わないけど、少なくとも私にとっては警察よりよっぽどマシだった。交番に連れていかれて母を呼ばれるより、ちょっとくらいこのお兄さんにひどいことをされた方が。