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..赤色のゼッケンの少年は、トップでわたしにバトンを繋いだ。ぎこちなくわたしはそれを受け取り、腕をいっぱいに振って走り始める。そのまま四分の三辺りまで走ったところで、黄色チームが追い抜いてくる。
「まけんなー」
「もっとはやくぅ」
様々な声が飛び交う。その言葉の重たさに気圧されてか、バトンパスぎりぎりのところで、わたしは転倒してしまった。
いまでも、よく憶えている。
記憶力っていうものは貧困なほうがきっといい。全部憶えてたってなんになる。わたしはこの脳みその、許容量の半端なさを呪いながら、この時のことを思い出す。
高い湿度と気温が相まって、あたまがジリジリした。もう、全部逃げ出したかった。だって、このリレーはもう最下位。悪いのはわたし。勉強が出来たって、それはこの世界では通用しない。
運動なんて大っ嫌いだ。わたしは涙を目にたくさん溜めて、立ち上がる。ぐらっと視界が揺れ、それでも使命感のようなものをただ胸に、走り始める。先頭はもうずっと前にいた。わたしは前を据える。
そこには、兄の姿があった。そうだ、そうだった。次の走者は学年一位の足を誇る、兄だったんだ。こちらを向く兄には逆光が落ちており、表情こそ汲めないものの、こんなわたしの姿を見られていると思えば、情けなさで潰れてしまいたかった。
兄にバトンを渡す。わたしは小さな声で兄に言う。
『ごめん、わたし、わたし...』
兄は前を向いて言った。
「大丈夫、まかせて」
その瞬間、兄は力強く地を蹴りあげ、物凄い速さをもって走り始める。その兄は、ぐいぐい順位をあげ、一位を争うところまでいった。結局ゴールはぎりぎりで兄が先に、赤チームの優勝だった。
わぁぁ、と歓声が沸き起こるアナウンスも、赤チーム、神は兄弟愛に微笑みましたぁ!と伝えている。兄はわたしに駆けてきて、「A」と呼んだ。
わたしは振り返る。そこで兄は微笑んで、わたしは泣き出したくなった。なんだかすごく、その顔に切なくなった。
「A。一位だよ」
「おにぃ、ちゃん」
声を発せれば、こらえきれずに涙があふれた。わたしは小学校で、初めて、泣いた。
「どしたよ、一位だぞー」
兄はくしゃ、と笑ってわたしの頭を雑に撫でた。
瞬間、その像はほどけて、ふたたび目を覚めた時には、白い部屋、医務室にいた。この静寂に、どことない現実感が張り付いている。
もう少し夢の中に、いたかった。
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緋野こおり(プロフ) - 春光さん» コメントされるって、すごく嬉しいことです。私自身も、作品を本当に愛していて、そしてそれが、届くべき人に届いているだなんて、そんな幸福なこと、ありませんから。本当、ありがとうございます。 (2022年4月24日 14時) (レス) id: a227e14c30 (このIDを非表示/違反報告)
春光 - またもやコメント失礼します!! 話が進んでいくにつれ私の興奮が…やばいです!!!! これから応援しています。楽しみに待っております。(^o^) (2022年4月17日 20時) (レス) @page43 id: 51abf968eb (このIDを非表示/違反報告)
春光 - とても面白いし読みやすくて好きです!!(なんか上から目線みたいになってすいません(╯_╰))続き楽しみです (2022年4月3日 15時) (レス) @page30 id: 51abf968eb (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:うずのしゅげ x他1人 | 作者ホームページ:https://twitter.com/8YgT1yhKwYPDEd7
作成日時:2022年2月18日 22時