カラン ページ2
.
『もしもし』
「もしもし、メルちゃん？」
電話の相手は二軒先の花屋さん。
私は彼女のことをマダムと呼んでいる。
いつまでも女性らしくて
赤い紅を塗った唇をにっと横に広げる
笑い方が若々しくて素敵だ。
『マダム、おはようございます』
「おはよう」
『食パンもう焼けていますよ』
「ええ、私の家まで薫りが届いてるわ〜」
明るい声は息をたっぷり含んでいて
パンと花の匂いを同時に堪能しているようだった。
受話器から雨音のようなものが聞こえるのは
マダムが花に如雨露で水をやっているからだ。
『後で届けに行きますね』
「ありがとう」
『こちらこそ』
私はぺこりとお辞儀をすると
耳から受話器を離してフックに戻した。
花屋のマダムから電話がかかってきた日は
彼女の朝食をうちの食パンが担当する。
「お花屋さん？」
『そうそう』
「俺が届けようか」
パンをぺろりと平らげたウヌは
厨房のシンクにトレイを置いて
ビニール袋に四角い食パンを入れた。
『ありがとう
お代はウヌが貰っていいよ』
「うん、じゃあ行ってきます」
『行ってらっしゃい。気をつけてね』
からんからんとドアベルを鳴らして
家を出たウヌは自転車の籠に荷物を入れ、
春風に背中を押されるように発進させた。
食パン一斤、二八〇円。
私もドアベルをからんと鳴らして外に出た。
店の開店を知らせる
三つの信号旗を上げるためだ。
紐を手に取って引けば、
赤と白の三角旗と
残り二つの四角い旗は
ポールを伝って空高く上がり、
バタバタとはためいた。
さあ、都市の路地を抜けた先にある
小さなパン屋｢メル｣の開店だ。
〆
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 215人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
あんず(プロフ) - なんか憧れるパン屋さんで、すごい行きたくなりました！、 (2018年6月2日 0時) (
レス) id: c19e297b48 (このIDを非表示/違反報告)
Eill Rie(プロフ) - 楽しく読ませていただきました。メルさんの小さなパン屋さん、実際にあったら行ってみたいものです^^ (2018年5月21日 12時) (レス) id: 3073d54efc (このIDを非表示/違反報告)
早苗 - 名刺とお店の絵凄く可愛いです！！こんなお店があったら毎日行きたいですw (2018年5月12日 13時) (レス) id: 9d45fbd028 (このIDを非表示/違反報告)
早苗 - とても面白い作品で大好きです。これからも応援してます！ (2018年5月7日 22時) (レス) id: 9d45fbd028 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作成日時：2018年4月29日 21時
