そこのメルさん

素敵 ページ16

.



「配達、始めたんですね！」
『はい。実はこっそり始めちゃいました』


私は数年前にバイク免許を取っていたのに、
遠くに出かける時以外はめっきり使わなくて、
そんなの勿体無いからお客さんへの配達に
使うのはどうだとウヌに提案されたのだ。

さっそく行動に移すべく、
お店の名刺の裏面に｢配達やってます｣と書き加えて、
レジカウンターのところに束ねておいた。

あまりにも急な注文があると困ってしまうので、
うちの電話番号や住所が書いてある下に
｢※予約制｣と注意書きをした。


「今度頼んでもいいですか？」
『ぜひぜひ』


私が頷くと、大事そうに名刺を胸ポケットに入れる。
どうやらお兄さんが一番最初の出前客になりそうだ。


『今日も天気がいいですね〜』
「そうですね〜。でも明日は大雨らしいですよ」
『こんなに晴れてるのに？
じゃあ、あの花も散っちゃうかなあ』


お店の前の広場に咲いている桃色の花は、
太陽に強く照らされて白色にも見える。
お花見だってできるほど満開の桜だ。

きっと、雨が降ったらほとんど散ってしまうんじゃないか。

私とお兄さんは、桜を通して
しばらくの間、明日を見ていた。


「あまり強く降らないことを祈りましょう」


そう言って両手を握り、
祈るようなポーズをするお兄さんを真似て、
私もやってみる。ぎゅーっと拳に力を込めて、
お空に住む天候の神様にお願いをするのだ。


「これで大丈夫！」
『ありがとうございます』


愛嬌のある八重歯を見せながら
笑うお兄さんは、私なんかの願いを
真剣に叶えてくれようとする心優しい人だ。


『もしこの桜が散らなかったらお花見でもしましょう』
「それいいですね〜」
『私とお兄さんのお友達も呼んで、
ご飯食べながらワイン開けたりして…』

「もし、桜が散ってもやりましょうよ」
『そうですね。やりましょう』


私の行く先には、素敵なものが転がっている。
それをできるだけ取り零(こぼ)さず溜め込んでいけたらいいな。




〆

海通信→←桜ん坊

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す