無理心中、お断り【太宰治】

心中 ページ31

私は彼と交際を始めたことを、誰にも云わなかった


ナオミちゃんにも、潤くんにも、社長にも、母にも、誰にも。

これで良かったのだと勝手に思っているが、私と太宰さんは一度も肌を重ねていないし決して一線を超えていない。

今更気持ち悪いと彼に云うと、彼なりのけじめなんだそうだ。

私を人生のどん底に突き落としたという自覚はあるらしく、私が成人するまでは下手に手を出さないと云っていた。


それ迄に他の誰かに抱かれてみたら、彼はどんな反応をするだろう。

相手を殺してしまうだろうか。私を殺してしまうだろうか。

それこそ無理心中でも謀るだろうか。


嗚呼そういえば、朝日奈くんはあれきり行方不明になったっけ。

太宰さんによると彼は私以外の女子を何度も食い荒らしていたらしいがそれ以上私は彼に朝日奈くんのことで踏み込まなかった。

彼曰く、「その内ひょっこり出て来るだろうさ」と云っていたから恐らく殺してはいない。

そして恐らく、彼自身の手は汚れていない。何か、朝日奈くんに恨みを持つ人達をつついたりしてみただけなのだろう。

知れば知る程嫌いになる人だ。気に食わないし怖いったらない。



嗚呼、あともう一つ。


私達の間に一つだけ約束事ができた。


それは、決して心中を急かさないこと。


やりたいと思った時にすればいいと彼は云った。

遠回しに「だから逃げないでね」と云っているようにも聞こえたが、まぁ其処はご愛嬌ってやつだ。

彼にああやって微笑まれるとどうにも私は弱い。これが惚れた弱みというやつかと苦笑した。


私は彼に、何故私を好きになったのか聞いた。

そうしたら彼は、自嘲じみた笑みを浮かべて「そんなもの、惚れてしまったのだから仕方ないだろう」と云った。

君はどうなのかと尋ねられて、私も同じ意見だと云った。それからは、少しだけキスをした。

お互いを埋めるような不完全な口付けだった。


そこで私は、ある人が云っていた言葉を思い出した。



『恋をすること、即ち死である』



それが本当なのだとすると、私と彼はとっくの昔に心中をしていたのではないだろうか。

無理心中ではなく、お互いを殺し合って共に沈んでいくような、そんな歪な何か

それこそお互いの首を縄で繋いで、そのまま飛び降りるような、そんな、そんな感覚だ



__________嗚呼




(それならなんて素敵なんだろうか)

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