衝動、恐怖。 ページ29
しかし、留守の間に来訪があったなど誰にも聞いた記憶がなかった。
耀哉と共に生活をしているAのことだ。
恐らく、先に耀哉から直接聞いていたのだろうと思い、特に気にも留めなかった。
「改めて、先日はありがとうございました」
「君が無事で良かった!これからは気を付けてくれ!」
「肝に銘じます」
そこで、会話は途切れた。
煉獄とAは見つめ合ったまま、口を閉ざす。
煉獄の脳裏には、つい先日聞かされた耀哉の言葉がよぎった。
「君は、俺のことをどう思っているんだ?」
「煉獄さんのことをですか」
「いや、大した意味はない!ないが……些か気になってだな!」
口に出してから恥ずかしくなった。
これではまるで、男女の会話のようだと思った煉獄は口元を手で覆って、照れた表情を隠す。
Aは座敷からそんな煉獄の様子を見下ろしていた。
「私にとって煉獄さんは……優しい方だと思います」
「優しいか!それは嬉しいな!」
「それに、強いし頼りにもなる。私には無いものばかり持っていて、羨ましいです」
「そ、そうか……意外と評価が高かったんだな!」
想定していたよりも、肯定的な言葉が出てきたことは嬉しかった。
煉獄は嬉々とした表情で笑いかけたが、Aはどこか沈んだような表情をしている。
そして、唇をきゅっと結んで顔を俯かせた。
「私は、煉獄さんになりたかった」
「俺に?」
「どう在っても良いから、どうせ大事なのは変わらないから……私は、煉獄さんになりたい。まぁ、無理な話ですけど」
一人、納得したようにAが頷く。
煉獄にはそれが何の話なのか、検討も付かなかった。
そして、いつだって自分と顔を合わせる度に、悲しそうな顔をして自分を見つめるAが気掛かりだった。
胸がざわつく。
乏しいと言わんばかりのその表情が、煉獄の胸を突き刺した。
何か声を掛けようと思ったが、それよりも先に他の面々が集まって来た。
Aは背中を向けると座敷の奥へと帰って行く。
その内、耀哉だって座敷に入ってくるだろう。
煉獄もAから背を向けた。
やはり、立ち入るべきではなかったと思った。
同じ人間で、同じ鬼殺隊の隊士であり、いつだって近くにいるはずなのに、煉獄は何も知らない。
何も知らないからこそ、怖かった。
突き動かすような衝動が、一体どこから生まれてくるのか分からない。
まるで、自分では無い何者かになるような感覚が怖かったのだ。
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作者名:月ヶ瀬ましろ | 作成日時:2021年1月7日 15時