煉獄さん ページ21
「A!?」
「煉獄さん……煉獄さん、煉獄さん…!」
驚く煉獄をよそに、Aは煉獄の胸に顔を埋めて何度も名前を呼ぶ。
いつもは煉獄に冷たく当たり、凛とした立ち振る舞いをするAの姿からは想像もつかぬほど、その背中はか細く寂しいものに見えた。
煉獄は空いた手を伸ばして、触れる直前で躊躇った。
Aは煉獄にしがみついたまま、声を震わせる。
「ずっと…ずっと夢の中にいたいです……」
「……。」
「ずっとこのまま、昔みたいに……」
夢の中に。昔みたいに。
どうやら未だに夢を見ているのだと思っているようで、それでも昔という言葉には思い当たる節はなくて。
不可解な言葉に煉獄は首を捻る。
昔、彼女とどこかで会ったことがあったのだろうか。
どれだけ記憶を辿ってみても、Aのことを思い出すことは出来ない。
「煉獄さんがいるなら他には何も要らない……たとえ私のことを覚えていなくても、一緒にいられるだけでいいんです。私のことが好きじゃなくてもいいんです」
「好いてない訳があるか!」
それは、反射的に口を突いて出た言葉だった。
頭で考えるよりも先に飛び出した言葉に、Aよりも煉獄の方が困惑している。
Aに恋情を抱いたことなどないはずだ。
だが、そう言わなければいけない気がしたのだ。
今にも泣き出しそうなAの表情に、理性よりも感情が走った瞬間だった。
一度口を突いて出た言葉は簡単には取り消せない。
丸く縁取られた双眼を瞬いたAは、次第に頬を朱く染め上げていく。
「わ、私……なんで……夢じゃ………」
煉獄に触れていた腕は震えて、すぐに引っ込めた。
「違うんです!私、ただ寝ぼけて…人違いをしてしまっただけで……」
「人違い…?」
「ごめんなさい…!」
こんな風に狼狽えるAの姿を見るのは初めてのことだった。
いつも冷静で、時に斜に構えたような態度は他人の勘に障るようなところがあり、そんな彼女がこんなにも自然で普通に見えることは一度もなかった。
今目の前にいるのは本当にあのAなのか、そう疑いそうになるほど普通の女の子がそこにはいた。
「しかし、煉獄と言ったら他には……そうか、君は千寿郎のことが」
「違います!」
「なら、父上か!?よもや君が俺の母上に……!?」
「そんな訳ないでしょう!?」
煉獄の問いにAは噛み付かんばかりの勢いで否定した。
しかし、他に身近に煉獄と名のつく者などいない。
煉獄は訝しげな顔をしてAを見つめた。
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作者名:月ヶ瀬ましろ | 作成日時:2021年1月7日 15時