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樹はその後、なにごともなかったかのように厨房の外へと出て行ってしまったが、私はその場に呆然と立ち尽くしてしまった。
「Aちゃ〜ん！ってそんな思い詰めた顔してどうしたの！？大丈夫？」
何か嬉しいことでもあったのかルンルンでこちらにやってきたのは店長だった。
どうやら私は顔に出やすいタイプらしい。私を見るなり高地さんの顔は喜びから心配の色に変わった。
「いえ、なんでもないです。それよりどうしたんですか？すごいルンルンでしたけど…」
「そう？なんかあったら頼ってね？いや実はね、Aちゃんが前に好きって言ってた作家さんいるじゃん？今度あの人のサイン会がこの近くであるらしいんだよね〜！」
「え！そうなんですか！？」
突然舞い込んできた嬉しいニュースに、先ほどの出来事などすぐに忘れてしまった。
「でね、提案なんだけど…」
なんて切り出してくる高地さんの顔はニヤニヤしている。
「樹くんと行ってきたらどうかな？」
「…え？」
予想外のことを言われて驚く私に、彼は続ける。
「いや〜なんかあいつ最近その作家さんの本を休憩時間によく読んでるんだよね、前までそんなやつじゃなかったからどうして読み始めたのか聞いたら、ある人にもっと近づきたいからって！絶対Aちゃんだと思うんだよね〜」
そう思わない！？とキラキラした目で聞いてくる。ただでさえ顔の良い店長がそんな可愛いことされると自分が惨めになる。
樹と一緒に行くという高地さんの提案は、今さっきの出来事を再び思い出させた。
ある人だなんて濁した言い方をしていたんだから、しかも私なんかより良い女の子はたくさんいて、その中にも私と同じ作家さんが好きな人がいるんだろうという解釈にしておいた。
そうしないと、これから彼にどのような態度で接すればいいのかがわからなくなりそうだったから。
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作者名：叶月 | 作成日時：2022年2月27日 15時
