演技派 ページ8
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あ、どうも〜だなんてすれ違う社員にニコニコとしながら歩く佐久間さんはこれからどんな話を編集長にするつもりなのだろうか。
緊張している私をよそに彼の様子は変わらない。
ピンクがふわふわと揺れている。
「…ここで待っててください、編集長捕まえてきます」
「おっけーい、逃すなよ?」
またニヤリとアニメのような顔をした佐久間さん。本当に主人公のようにこの状況を楽しんでるようにすら見えた。
社会人として上司に時間を取らせることは事前にお願いするのが普通。もし私自身がお願いするのならばきっと嫌な顔をされていたけど。
「あ、編集長さん!お世話になってます!」
「佐久間先生!こちらこそですよ〜」
佐久間さんの名前を出せば二つ返事で着いてきてくれる。業界的に言えば編集長の方がもちろん長いし年齢もそれなりに上だけど、今やこの月刊誌に大きな利益をもたらす存在の佐久間さんを前にするといくらかゴマをするように丁寧になるのが何だかいやらしかった。
佐久間さんの向かいに編集長が座ったのを受けて私も彼の隣に座る。相変わらずニコニコしていて、逆に感情が読めない。
「先生の連載とっても好評で、本当に助かってます」
「あはは、そんな〜こちらこそですよ〜」
私は口を挟むことができず。どうすればいいのか分からないし無駄にパソコンを開いてみたりして。ソワソワが止まらないのだ。
「それでお話とは?」
編集長のその一言で佐久間さんが醸し出す空気が一瞬で変わったのが分かった。思わずびっくりして横を見るといつもきゅるきゅるな目が鋭く光ったような気がした。
ピリッと、空気が張り詰める。
「単刀直入に言いますね。きっと編集長さんの耳にも入ってると思うんですけど、Aさんと僕が身体の関係を持っているだなんてしょーもない噂、まさか信じてないですよね?」
編集長の笑顔が消える。
ここで、この人自身が私に苦笑いをしながら濁しつつ伝えてきた。その事実は消えない。
「新人の僕を拾って下さったのは本当にありがたいですし感謝しています。でも、こんなに僕と僕の漫画に寄り添って一生懸命に世に届けようとしてくれるAさんを守ってくれない場所にはお世話になりたくないなというのが本音です」
今まで聞いたことないくらいに低い声。
私はピンク色の髪の毛が黒く染まっていくような気さえしていた。
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作者名:ぽぷら | 作成日時:2023年9月2日 23時