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「……物語に触れる時間が好きだったんだと思います。正直言うと漫画というより小説が多かったんですけど、それを読んでいる時って現実とか今自分が置かれてる状況とは全く別の世界に行ける時間だった。
その時間って誰にも邪魔されないし、現実のいろんな感情を忘れることもできる。自分の現実で起こった嬉しいも悲しいも全部どこかに置いて、物語の中での感情に集中できる。物語の中の嬉しいと悲しいに入り込めるんです」
本に集中すると驚くほどに周りの音が聞こえなくなる。その物語にのめり込めばのめり込むほど、その本に周りを覆われてるみたいな不思議な感覚になる。
それが、私の大切な時間だった。
「なんて言うか…自分の精神的安定を本の世界に入り込むことで保ってたのかもしれません。一種の現実逃避と言いますか…正直、あまり過去にいい思い出がないんです。特に学生時代…」
忘れたかったから、忘れさせてくれていたのかもしれない。あの頃の記憶が朧げなのは自分が自分を守ってくれていたのかな。
「だから、現実で感じていたいろんな感情を本の中に入り込んで忘れようとしてたのかなって。そのおかげで何とか過ごせたのかなって…だから、今度は自分がそれを作る側になりたいと自然と思ったのかもしれないですね」
でも今、上手く過ごせなかったその過去が少しずつ蘇ってきている。
「……そっかぁ、素敵だね」
「そうですか?」
「素敵だよ。俺も分かるよ、漫画が支えだったから」
私の話を聞いて佐久間さんはものすごく優しい顔でそう言って。
「あの時の俺らみたいにさ、自分たちが作ったもので誰かが救われてたらいいなって思わない?」
「……まぁ、それができるに越したことはないですね」
「俺はそこが始まりだからさ。きっと俺とAさんの相性がいいのってそこなのかもね!納得!」
太陽みたいに笑った佐久間さんはその通り眩しかった。
「俺もね、前も話したと思うけどめーっちゃ隠キャでさ?学校なんて全く楽しくないしマジで隅っこにずっといる絵に描いたようなぼっちだったの。それこそ本とか漫画ばっか読んで。それでもいいって思ってたけど、やっぱどこか生きづらいっていうか…しんどい部分はあったんだよね」
その眩しさからしてそんな過去があるとは微塵も思えない。佐久間さんはどこか遠くを見つめながらも、穏やかな表情で話し始めた。
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作者名:ぽぷら | 作成日時:2023年9月2日 23時