月の満ち欠け ページ38
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「俺な、照兄に憧れてん」
「うん、知ってる…」
「俺も照兄みたいに完璧な設計してな、どんなもんよりも高く飛べる飛行船作りたかった」
ぽとぽと、と鍋に豆腐を落とす。
器用な康二が切った豆腐はとても均等で、私が切ったものは大きさがまばらになってしまう。こんな風に分担して夕飯を作った時は豆腐の形で今日のみそ汁担当はどっちだって兄が分かってしまうらしい。
「それがな、夢やったんよ」
「……うん」
豆腐を切り終わっても尚康二は包丁を離さず。そして徐に私の前の玉ねぎに手を伸ばした康二はまな板をひょいっとズラして自分の前に置いた。
「でもな、その夢には理由があってん」
決して私の方を見ず食材を見たまま話し続ける康二。玉ねぎを慣れた手つきで切り始め、コン、コン、とまな板に包丁がぶつかる音が響く。
「俺が飛行船技師になりたいと思ったんは照兄に憧れたからじゃないねん。まぁそれもあるけどな？一番の理由は“できるだけ高く飛べる何かを作りたい”ってことやった。その理由ってことやな」
私は康二に玉ねぎも包丁も取られてしまって何もすることが無くなっていた。いや、何かしらすることはあるのかもしれないけど彼の話に耳を傾けるのが今は正解だと感じた。
「Aな、星好きやろ」
「え……星…？」
「よく昔から見上げてたやん。脱走したん探しに行けばいつもあの土手で空見上げた」
急な問いかけに戸惑う。だって今康二が話しているのは飛行船の事、そして康二自身の事だったはず。フォーカスが急に自分になって戸惑わないわけがない。
「……できるだけ高い所で、星を見せてあげたかったんよ」
コン、と玉ねぎの端っこがまな板に倒れた。広がっている玉ねぎたちを一か所に集めながらボウルに移して、そして康二はやっと私の方を見た。
「Aを星の近くに連れて行きたかった」
その瞳はいつも私をからかって楽しそうに笑う三日月のような瞳ではなかった。
夜空を照らす、どこか神秘的で幻想的な満月のような丸くて綺麗な瞳。
「……小さい頃の話な？あんまり高い所で飛ばしたら違法になってまうし、夜に飛ばすのもめんどくさい申請とかせなあかんから今は無理な話って分かっとるんよ」
その瞳に吸い込まれるように動けなくなった私。でも康二はそれを切るように瞬きをしてふっと笑うと、冷蔵庫の方に向かって私の視界から消えた。
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作者名：ぽぷら
| 作成日時：2022年12月2日 0時
