どこも悪くない ページ27
・
ぬるくなったコーヒーを一口含む。
紅茶とは違う苦みが喉を通って体に染みた。
誰もいなくなった阿部家のリビングはカチ、コチ、と時計の秒針の音だけが響き渡る。
「優しい人……」
優しい人ってどんな人だろう。そばにいてほしい人ってどんな人だろう。簡単な事な気がするのに涼太くんの言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡っていた。
「A」
誰もいないはずの場所で、しかもすぐ横から声が聞こえた。
「ごめんね、お待たせ。サクマどこかおかしかった?見た感じ元気そうだけど」
ソファの背もたれに後ろから腕を乗せて私を覗き込む阿部ちゃん。彼の左肩には服の中で“それ”がちゃんとついている。
「……なんか様子が…変だった」
“それ”を一瞬見た私はすぐに目線を逸らした。
「下おいで?今だてさんと楽しそうに話してるよ。今からちゃんと見てみるね」
そんな私の様子に気付いてるのかいないのか。ふわっと微笑んだ阿部ちゃんは“それ”とは逆の方で私の肩に軽く触れてからまた地下へと戻っていった。
一口しか飲んでいないコーヒー。中途半端なぬるさの液体は全部飲む気になれなくて。もう一口だけ流し込んでからそれを置き去りにソファを立つ。
・
「あのねーキラキラしてたの、凄かったの」
私が階段を降りて最初に目に入ったのは、サクマが阿部ちゃんに背中をいじられながら涼太くんにニコニコと話しかけている姿だった。
「へぇ、空が?」
「ううん、えっとね。青いの」
「青い?」
飛行船に乗ったことを報告しているらしい。とても楽しそうだけど後ろで阿部ちゃんにいじられているせいか身体が動かせず可能な限り手足をバタつかせているのがちょっと面白い。
「あー!Aー!」
私の存在に気付くと勢い余ったのか立ち上がろうとしてまた阿部ちゃんに「ちょっと待って!!」って引き戻される。ほんと、賑やかな機械人形。
「青いのって何?」
「多分海の事を言ってるんだと」
「なるほど」
「へー、海の方まで行ったんだ?凄いね、綺麗だったでしょ?」
そうか、サクマはあれが海であることを知らずに見ていたのか。納得したような表情をした涼太くんと阿部ちゃんを見て気づく。
「うん、まぁ」
「康二もすごいね、気が付けば照に引け目を取らないくらい立派な飛行船技師になって」
「サクマから聞いたの?」
「康二が作ったんだよーって、ちなみに俺は二人きりの時も聞いたから二回目。笑」
1317人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:ぽぷら | 作成日時:2022年12月2日 0時