・ ページ41
・
「俺、もう1人じゃないから。あの子は俺がもうここに来ないって分かってどこかに行っちゃったのかな」
川から目線を戻し、彼は私を見て困ったように笑った。
あの川の水の冷たさは阿部くんの体温を感じない冷たい手を私に感じさせた。あながちそれは間違っていなかったのかもしれない。
私を包んだ冷たい川の水。
あの声は私にあたためてと言った。
私を連れ去ろうとした。
「……阿部くん、寂しかった…？」
あの声の主と阿部くんは、似たもの同士。
「寂しかったのかもしれない。本当はずっと」
なら阿部くんも、やっぱりずっとあたためてほしくて。人が嫌いだと周りをシャットアウトしてても、人に触れたい心はあったんだ。
「だから俺はずっとAちゃんのそばにいる」
消えてしまった川の水。何だか残酷な気もするけれど、それに対して阿部くんは消えなかった。この世界に存在することを選んでくれた。あの子はどうなったのだろう。また同じような人を探して、その人と心を通わせるためにどこかで冷たい水を流しているのだろうか。
「……絶対だよ」
「うん、約束」
阿部くんは私に軽くキスをする。
そしてまた、約束ねって微笑んだ。
「ご飯食べにいこ。お腹すいたでしょ？」
「……うん」
「まだ不安？もっとちゅーしてあげよっか？」
約束を交わす時にはキスを。
そんなおとぎ話のようなルーティンを作ろうとしないでほしい。ドキドキしちゃうから。
「いい。あまり軽率にするもんじゃないもん」
「軽率って言い方は違うじゃーん。大事なコミュニケーション」
「がっつきすぎ」
「おあずけした誰かさんのせいです」
ふふって笑った阿部くんは私を腕から解放してまた手を繋ぐ。ほら、いこ？ってその手を引く彼は私が大好きな優しくて穏やかな笑顔だった。
「阿部くん」
「ねぇ下の名前で呼んでくれるんじゃなかったの？」
「私もそばにいるからね。離れたいって言ってもしつこくついてくから」
彼の問いに答えることなくそう言った私に、また困ったように笑う阿部くん。そして繋いでいる手の力をぎゅっと強めて、いくよって歩き出した。
手を引かれて歩くたびに、このスカートが揺れる感覚。
私はこの感覚を、事あるごとに思い出すんだろう。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 3477人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
小袖(プロフ) - ほんとに良すぎてふつえの小説として売り出して欲しいほどの満足感でした！伏線回収に気づいた瞬間が気持ちよくて、たくさん設定などを考えて時間をかけて作った作品なんだなと感じました。また他の作品もいくつか読ませていただいてますがどれも素晴らしいです！ (8月16日 13時) (
レス) id: 67585063eb (このIDを非表示/違反報告)
吹雪(プロフ) - 何度もループして読ませて頂いています！番外編も是非読んでみたいと思いTwitterフォロリク送りました。お手隙の際に承認して頂けると嬉しいです。これからも応援しています！ (2023年3月7日 1時) (レス) @page50 id: 828447a6ad (このIDを非表示/違反報告)
れみ(プロフ) - いつも素敵なお話読ませて頂いてます！ほんとにどれもいい作品で感動して涙が止まらないことも多々です、番外編なども読みたいと思ってしまったのでTwitter同じ名前でフォロー致しました、！承認していただけたら嬉しいです！これからも応援しています！だいすきです！ (2023年2月7日 5時) (レス) id: a15df57567 (このIDを非表示/違反報告)
akiaki(プロフ) - (続き) このお話のおかげでちょっと日常が楽しく､優しく思えました。素敵なお話ありがとうございました。 (2022年9月23日 9時) (レス) id: aa9a6e18cc (このIDを非表示/違反報告)
akiaki(プロフ) - はじめまして。もうアニメ化しません？って言いながら読んでいました。小説家さんなのでしょうか、気づかせるための伏線も泣かせるための伏線も上手すぎます。物語の感想じゃなくて申し訳ないのですが､このお話が紙の本として手に取りたくてしょうがありません｡(続く) (2022年9月23日 9時) (レス) id: aa9a6e18cc (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：ぽぷら
| 作成日時：2022年6月24日 23時
