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PM20:15 小説/恋愛(4) ページ20

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この仕事をしていて、まさか自分のファンを名乗る人と出会うなんて思ってもみなかったから、気の利いたことが言えなくて戸惑ってしまう。

そんな俺には気付いていない様子で、彼はぽつりぽつりと語り始めた。



「三ヶ月くらい前、職場に置く雑誌を買って帰ろうとした時に、たまたま店員さんがおすすめの小説を紹介してるコーナーの前を通って…その時初めて、北山さんの書評を読んだんです」

「そうだったんですか…」

「はい。その時の本も、この作家さんの本でした」



そう言って手元の本に目を落とした彼は、表紙を指で優しくなぞりながら、どこか懐かしそうに微笑んだ。

本当に本が好きなんだなって思えるその表情は、原作者でもない俺まで幸せな気持ちにさせてくれる。


そんなに優しい顔で見つめてもらえて、お前は幸せだな。

…なんて、彼の手の中にある本に嫉妬めいたことを考えた自分には驚いたけど。




「最初は綺麗な手書きの文字に惹かれて、次はその言葉選びと、本に対する深い愛情に惹かれて…。あのポップ一枚で、俺は北山さんのファンになったんですよ」

「いやいや、そんな大げさな…」

「大げさなんかじゃないです。北山さんのおかげで、俺は素敵な本にたくさん出会えたし、知らなかった世界を知ることができました。北山さんが教えてくれた本は、全部俺の宝物なんです」

「……!」

「本当に感謝してます。いつかお礼が言いたいって、ずっと思っていました」



気恥ずかしさから、わざとおどけてみせた俺の照れ隠しごと包み込むような、低くて優しい声。

愛おしそうに本を見つめていた眼差しをそのまま真っ直ぐに向けられて、思わず胸が熱くなった。


自分が書店員としてやってきた仕事に対して、面と向かって「ありがとう」なんて言葉をかけてもらったのは初めてだから、ちょっとでも気を抜いたら泣きそうだ。



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作者名:いちはら | 作成日時:2015年12月20日 19時

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