16. ぐずぐず ページ16
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心はとうに奪われて、もはや抵抗は形だけで意味を成さない。
それでもこんな茶番をやめないのは、もっと熱く、もっと甘く、俺をぐずぐずに溶かしてほしいから。
「ふじがや…そろそろみんな戻ってくるって…」
「まだ大丈夫。あと5分は平気…」
「んんっ…」
抵抗するふりを続ける俺の瞼に、鼻先に、耳に、藤ヶ谷の熱い唇が降り注ぐ。いやいやと身をよじりながらも、俺の心は満たされていた。
ここはいつかの焼肉屋じゃない。いつ誰が入ってくるかもわからない楽屋。
例えそんな状況でも、2人きりになれば藤ヶ谷は仕掛けてくるだろうって、最初からわかってた。
そして、そんな俺の心の内も、藤ヶ谷はきっと気付いてる。
「北山、また泣いちゃいそう…」
「…誰のせいだよ…」
「えー?誰だろ?」
全然わかんない、と屈託のない笑顔を浮かべる藤ヶ谷。その瞳に写る俺は、一体いつからそんな顔をしてた?
赤く染まる頰、水を張った瞳、ぎゅっと結ばれた唇…
そのどれもが、ただまっすぐに目の前の男に向けられていて。
そこにいる俺は、誰がどう見ても、藤ヶ谷に恋してる顔だ。
そんな顔をするくせにまだ抵抗する俺を、藤ヶ谷はどう思ってるかな。
俺を手に入れて満足してしまったら、藤ヶ谷はもうあんな優しい目で俺を見てくれないかもしれないと思うと、このまま素直になるのが少しだけ怖いんだ。
「そろそろ、あいつらが戻ってくる頃かな…」
「……」
「名残惜しいけど、いつもの俺らに戻らなきゃね」
「んっ…」
少し乱れた俺の髪を耳にかけながら、藤ヶ谷がゆるく微笑む。そのまま指先で耳をなぞり始めるから、つい声が漏れてしまう。
耳が弱いんじゃない。藤ヶ谷がそうするから…藤ヶ谷に触れられるから、俺の体は反応するんだよ。
藤ヶ谷の手がゆっくり離れていくと、熱を持った耳だけがじんじんと疼いて、無性に切なくなった。
「…北山も、ちょっとは寂しいと思ってくれてる?」
そんな俺を見透かすような、藤ヶ谷の声。
「…そんなこと…ない」
「ふふっ。そっか」
否定されたはずなのに、なぜかとても満足そうな藤ヶ谷の声は甘くて、微笑みを浮かべるその唇に俺は釘付けになる。
決して俺の唇には触れてくれないそれは、どんな風に俺を食べるのかな。
際限なく貪欲に、俺を欲しがってくれるかな。
今よりもっとぐずぐずに甘やかして、形がなくなるまで溶かしてくれるなら…
そしたら、お前のものになってあげてもいいよ。
end.
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作者名:いちはら | 作成日時:2016年11月7日 22時