14. 月が綺麗と君は言う ページ14
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『あのさ…ドライブ行かない？』
そう言ってぎこちなく微笑んだ藤ヶ谷に誘われ、素直に助手席におさまってから早一時間。
これといった会話もなく、かと言って居心地が悪いわけでもない、そんな不思議な空間を生む藤ヶ谷の愛車は、夜も更けきった都心を静かに走り抜けていく。
甘い香りが立ち込めるこの箱は、一体俺をどこへ連れて行こうと言うんだろう。
サングラスを外した無防備な横顔を盗み見ても、そこには行き先なんて書かれてはいない。
「…ゃま、…北山、」
「…ん…」
「着いたよ。…ちょっと降りない？」
甘い香りの箱に揺られるうちに、俺はいつの間にか眠っていたらしい。誘われるままドアを開けると、途端に鼻をくすぐる潮の香り。
辿り着いたのは、まるで鏡のように満月を映して凪ぐ、夜の海だった。
隣を見れば、穏やかな顔で海を見つめる、藤ヶ谷の横顔。
月明かりに照らされたその輪郭は、助手席から盗み見たそれよりもずっと綺麗で、儚げで…
思わず手を伸ばしそうになったのを、藤ヶ谷は気付いているだろうか。
「なぁ…俺の記憶違いじゃなければ、ここって…」
「あ、気付いた？ うん、北山が思ってる通りの場所だよ」
「やっぱり…」
今、藤ヶ谷と並んで立っているこの場所。
眼前に広がる海も、周りの景色にも、見覚えがあった。
ここは、あのドラマの中で、主人公とヒロインが出逢った場所だ。
淡い光に包まれたような美しい映像の中で、俺の知らない顔を見せる藤ヶ谷に、あの頃の俺は焦りにも似た感情を抱いたのを覚えてる。
あんまり遠くに行くなよ、俺から離れていくなよって、そんな身勝手な願いとともに。
「俺さ…撮影してた時からずっと、ここに北山と二人で来たいなって思ってたんだ」
「そうだったんだ…」
「本当は寒くなる前に来られたらよかったんだけどね」
「冬の海も好きだから、全然平気だよ。…連れて来てくれてありがとな」
「俺のほうこそ…一緒に来てくれてありがとう」
藤ヶ谷の瞳が俺を捉えて、優しく微笑む。
それは紛れもなく俺の知っている藤ヶ谷で、きっと、俺しか知らない藤ヶ谷でもあるんだ。
そっと握られたこの手も、絡まる指先の温度も、全部俺だけのもの。
なぁ、そうだろ？
「今夜は、月が綺麗だね…」
「…あぁ…そうだな…」
途切れた言葉の代わりに、潮風に混じる甘い香りが一層強くなる。
やがて重なる二つの影を、月だけが見ていた。
end.
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作者名：いちはら
| 作成日時：2016年11月7日 22時
