13. 袋小路 ページ13
『横尾さん、俺も行きたい』
『それじゃ太輔が一人になるでしょ？ミツは太輔と留守番してて』
『でも…！』
『すぐ戻るから…ね？』
『…ん…わかった…』
玄関から微かに聞こえる、二人のやり取り。しばらくするとドアの閉まる音がして、それからまたしばらく経ってから、ようやく北山が戻ってきた。
『藤ヶ谷と二人きりは嫌だ』って思いっきり顔に貼り付けて、あからさまに警戒してる。俺も随分嫌われたもんだな。そんな怯えた小動物みたいな顔したって、俺を煽るだけなのに。
「たかがコンビニ行くだけの見送りに随分時間かかるんだな。わたにキスでもしてもらってた？」
「っ…」
「…唇濡れてる。出かけるたびにそんな激しいやつねだってんの？いいなぁ、わたが羨ましい」
「…ふ、じがや…」
リビングにいる俺を避けるようにしてキッチンをうろつく北山に近付いて、一歩ずつ距離を縮める。自分から袋小路に入り込むなんて、馬鹿な北山。
逃げ場を失った北山を、もはやブームの過ぎ去った壁ドンで追い詰めれば、どこまでも律儀な北山は真っ赤な顔で俺を見上げた。
「この間楽屋でキスしたこと、渉に言った？」
「…んなこと、言えるわけないだろ…」
「なんで？言えばいいじゃん。藤ヶ谷にキスされて、気持ちよくて腰が抜けちゃった。横尾さんごめんね、って」
「ッ、お前…！」
わざと煽るような言葉を吐けば、羞恥で染まっていた北山の赤い顔が、瞬く間に怒りの色へと意味を変えた。カッと見開かれた目が、確かな軽蔑を含んで俺を射抜く。
その強い瞳には、馬鹿にされたことへの怒りだけではなく、平気で親友を裏切る俺への戸惑い、そして、裏切られた渉を想う悲しみが混ざっているような気がした。
それでも…
例えそこにあるのが嫌悪しかないとしても、今この瞬間北山の瞳に映るのは俺だけだという事実に、俺の心は喜びで震えるんだ。
「…お前は…横尾さんの親友じゃないのかよ…」
「……」
「なんで…っ」
まるで泣くのを堪えているかのような掠れた声が、静かなキッチンに響いた。整然と片付けられた綺麗なキッチンは、ここが渉のテリトリーであることを如実に物語っている。
そんな場所で、渉の恋人である北山に迫っている…その状況に興奮している俺にはもう、渉の親友を名乗る資格なんかないんだよ。
「渉を裏切ってでも…俺はお前が欲しいよ。」
お前のせいで、俺はこんな陳腐な台詞を吐く男に成り下がったんだよ。
馬鹿みたいだろ。
end.
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作者名：いちはら
| 作成日時：2016年11月7日 22時
