歪なベクトル(2) ページ40
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「……にか、」
「ダメだよ。」
「…まだなんも言ってねーだろ」
「言わなくてもわかるって。そんな目してたら」
「………」
じりじりと灼けつくような、痛いほどに熱い視線。
まだ足りないと訴えてくるその瞳から目をそらすなんて、以前の俺だったら絶対にできなかった。
ミツが求めてくれることに舞い上がって、ミツが本当に求めているのが誰なのか気付きもしなかった、あの頃の俺だったら。
「物足りないなら、昨日ガヤにそう言えばよかったじゃん」
「…そんなこと、」
ふい、とそっぽを向くと同時に呟かれたミツの声は、シーツに吸い込まれて消えていった。
今のは少し…いや、かなり意地の悪い言い方だったと思う。
ミツがあの人の前で素直になれないことは、俺が一番よく知ってるのに。
「ごめん…怒った?」
「…お前がそう思うなら、そうなんじゃねーの」
「そっか…ごめん、意地悪言って。…でも、」
「お前、さっきからごちゃごちゃうるせーんだよ」
「ッ、ん…!」
キスなんて甘ったるいものじゃない。
うつ伏せていたはずのミツに胸倉を掴まれると同時に、噛み付かれたような痛みを伴う衝撃を唇に受けて、俺はそのままミツの上に倒れ込んだ。
慌てて起き上がろうとした俺を逃さないように、筋肉質な腕がすかさず腰に絡みついてくる。
その腕が微かに震えていることに気付いてしまった瞬間、俺のちっぽけなプライドと理性がぐらりと揺れた。
「あいつのこと忘れたい時は、俺を利用してくれればいいって…お前が言ったんじゃん…」
「………」
「忘れさせてよ…頼むから……早く俺の中からあいつを消して……っ」
「……ミツ……」
涙声で救いを求めるミツは、今だけは確かに俺を見ていた。
俺の目を見て、俺がミツを想う気持ちを知った上で、残酷な言葉を紡いだ。
…それでもいい。
何の未来もない関係だとしても、この上なく惨めな立場でも、ミツの世界から消えるよりはずっとマシだから。
この想いは最早、恋なんて呼べるものではなくなってしまったけど…
それでも俺は、俺だけは、いつでもミツの側にいるよ。
fin.
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作者名:いちはら | 作成日時:2016年2月10日 0時