歪なベクトル▼二北/藤北 ページ39
※二→北→藤→横(既婚)
その大きな瞳は確かに俺を見ているはずなのに、心までは俺のほうを見ていない。
ともすれば俺に向けられていると勘違いしてしまいそうなその感情は、いつも少しだけ照準がずれていて、俺じゃない「誰か」を想って静かに燃えている。
そして、俺のよく知るその「誰か」もまた、同じように照準のずれた瞳で、「彼」の影を追っていた。
向き合っているようで決して向き合わない、歪んだベクトルに絡めとられて、身動きが取れなくなったのはいつからだろう。
捻じ曲がったそれぞれの想いは鎖のように俺たちの心を縛りつけて、やがてじわじわと錆び付いていく。
混じり気のない色をしていたはずの恋心は、いつしか錆に侵されて、赤黒く色褪せてしまった。
ただ純粋に、まっすぐに、君の心が欲しいと願った俺は、もうどこにもいない。
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「…ミツ、そんな格好でいたら風邪ひくよ」
「………」
シャワーを浴びて部屋に戻ると、事後特有の生温い気配を未だに纏ったままの肢体が目に飛び込んできて、俺は思わずため息をついた。
ベッドの上で惜しげもなくさらされている背中は、数十分前に目に焼き付けた姿のまま。
シーツの波に抗うように投げ出された腕、鍛えられた背筋の陰影、乱れた髪から覗くうなじ…
そのすべてが、俺をまた沼底へ引きずり込もうと、冷めない熱を放っていた。
「ミツ…起きてるんでしょ?シャワー浴びてきなよ」
「…めんどくせぇ」
「もう、だから一緒に入ろうって言ったのに…」
ベッドサイドに腰掛けて、駄々っ子のようにぐずるミツの頭を諭すように撫でる。
そのままうなじを伝って背中に指を滑らせたくなる衝動をぐっと堪えて、辛うじて腰にかかっている毛布を引き上げると、閉じられていた大きな瞳が俺を射抜いた。
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作者名:いちはら | 作成日時:2016年2月10日 0時