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とある家の玄関に、伏黒はいた。出迎えたエプロン姿の女性は少年院で子供の無事を聞いたあの母親である。その母親を前に、伏黒は告げる。
「正直、自分は
「でも仲間たちは違います」
「成し得ませんでしたが、息子さんの生死を確認した後も遺体を持ち帰ろうとしたんです」
脳裏によぎるのは虎杖と釘崎の姿。少年院で特級と会敵して虎杖が時間を稼ぐと言い、苦渋の決断でこの場を離れる為に走り出したとき。視界の隅に岡崎正の遺体が映った。回る思考。咄嗟の判断。仲間の思い。伏黒は、
___「残念ながら遺体は、特級の生得領域と共に消滅してしまいました」
伊地知の報告に嘘はない。
___「遺体もなしに”死にました”じゃ、納得できねぇだろ」
虎杖の言ったことはきっと正しい。
「せめて、これを」
母親に手渡したのは岡崎正、と書かれた名札。伏黒は、去りがけに服の名札を引きちぎったのだ。それは彼が息子を亡くした母親に贈れるただ一つの、息子が少年院で生きて、死んだという証であった。
「正さんを助けられず、申し訳ありませんでした」
頭を下げてそう言った。この遺族に会うことは呪術師がしなければならないことではない。大抵は、補助監督がするのだ。けれど伏黒はこの役をやらせてくれと言ったのだろう。虎杖の思いがあったからか。自身が一度切り捨てようとしたからか。定かではないが、伏黒にとってはこの遺族に会うことがこの名札を手渡すことが意味のあることだった。
「…いいの、謝らないで」
「あの子が死んで悲しむのは、私だけですから」
名札を額に当て涙を流し言葉を震えさせて、彼女は言う。
母親だった。二回の無免許運転で女児を撥ねてしまった息子。少年院に送られた息子。痛みを堪えて産んだときは”私の元に産まれてきてくれて有り難う”と思った息子。言葉を話した時は誰よりも喜んだ。
母親だった。近所や親戚の風当たりも強かっただろう。父親の姿が見えないことから察しはつく。けれど、心の底から憎むことなどできない。だって、母親だったから。
愛して、いたから。
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作者名:ボーダーライン | 作成日時:2021年11月4日 16時