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応接室の椅子に座っているのは一人の男。焦げ茶色のくせ毛に翡翠色の目をした端正な顔だちの優男。黒いスーツ姿だがそれでも十分映える。年齢は二十代前半か、大学生にも見える童顔だ。
「ッお待ち頂いてすみません!!」
「大丈夫。謝らなくてもいいよ。お茶が美味しかったから堪能していたんだ」
バタバタと走る音が聞こえてバンッと勢いよく扉を開けた伊地知にそう声をかけた。先程の心労で疲弊した心にその優しさは非常に効く。思わず涙ぐんで、でも流すことは大人のプライドが許さない。
「あ、ありがとうございます」
「走ってきたんでしょ。お茶飲むかい?仕事の話は少し休憩してからでもいいよ。心あっての体、ちょっと労る時間も必要だね」
「いえ……、いただきます」
一瞬躊躇したが、温和な笑顔にほだされて頷いた。口に運ぶと緑茶の香りが鼻に抜けて優しい日本茶の味。接待用のお茶だからか、コンビニで買うお茶とは全然違う。実家を思い出すような安心する心地は眠気覚ましに飲むコーヒーでは味わえないものだ。
「美味しいでしょ」
「、すごく…おいしい、です」
「僕、医大に行ったんだけどね。体を酷使すると同じように心も疲弊されるんだ。少しのご褒美でいいよ。自分を労ってあげて。大丈夫、君は頑張ってる。そのマウスだこが何よりの証拠だよ」
マウスだこ。パソコンのマウスを使った時に手首に負荷がかかってできる症状だ。補助監督として優秀な伊地知は、五条の報告書を書かされたり事務でパソコン作業をしてこのたこができた。それができるほど、仕事を頑張った証だと彼は言う。一日のご褒美でいい。好きな物を食べたり好きなことをしたり、自分に優しくしてあげて。君は一人しかいないんだから。ちゃんと大事にしてあげて、と。
「ッ、……ぅ」
「うん。頑張ったね」
遂に、あふれ出した涙が頬を伝う。呪術界で揉まれて怖い先輩と怖い上層部の板挟みで、結果的に一年生を死なせてしまった。初対面でみっともないと自分でも分かっているが与えられた優しさに弱っていた心が悲鳴を上げて。そんな伊地知にハンカチで優しく涙を拭き取って、彼は言うのだ。
「お疲れ様」
落ち着いた伊地知が彼のところに来た要件を話す。
「解剖室に遺体がありますので、案内します」
「ありがとう」
まだ目が赤いが、さっきよりは心が大分マシになった。医大出身の彼のカウンセラーは成功したようだ。
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作者名:ボーダーライン | 作成日時:2021年11月4日 16時