第十八夜 溶け出した時間 ページ20
目を開ければ、足下を吹く風。夜空に浮かぶ月。自分の知る、場所じゃない。
でもどこか見慣れた感じがするのは、きっとこんな景色を、前にも見たことある気がするからなんだと思う。
そうでしょう?
街の匂いや風景、何もかも…。
全部、思い出したわけじゃない。でも…
「クロロ…?」
あなただけは、知っていた。
「……A?」
やっぱり。その声にだって聞き覚えがあるんだ。
夢の中で、何度も、何度も……
「A……」
あなたに名を呼ばれた気がしたから。いや、違う。夢では、ないから。ぜんぶ、ホンモノだって、分かってる。
目の前のクロロは、拍子抜けしたような顔して、私の元へと一歩歩を進めた。それでも毅然としたような態度に見えるのは、彼が動揺するような人間じゃないからかも知れない。
「あんた……オレの名前…」
「全部、覚えてるわけじゃないけれど……でも」
でも。ここに来て、一番に浮かんだのはあなたの顔だったから。
「一目見て、あぁクロロだなって思ったから」
そう告げればクロロは少しだけ目を見開き、その綺麗な睫毛を震わせて、視線を横に流した後、そっと目を閉じた。
「そうか……」
そうして開いた瞳はやはりどこか無機質で……でも。私に向けてくれるその眼差しは、とても温かいものだと分かる。
っふ、と小さな蕾が開くように声が漏れる。そして、小さくよかった、と呟いた。微かに笑みを咲かせたクロロは、真っ直ぐな目を向けてくれた。
「おかえり、A」
大丈夫。もう二度と、この手を私は忘れない。
「ただいま、クロロ」
差し出されたきれいな手を取る。きゅ、と優しい力に手を引かれる。ガラス細工のように繊細で透明なのに、どこか芯から強さを感じるのはどうしてだろう。
「おいで。昨日の続きをしよう」
ずっと、ずっと待っていてくれてありがとう。私の中に、何一つあなたたちが残らなかったのに。それでも、迎えに来てくれてありがとう。会いに来てくれて、ありがとう。
必死に、その存在を私に残そうとしてくれたのに……いつも私は忘れ物をしていた。
今度こそ置き忘れたりしない。忘れない。いつか訪れるその日に、こんな今日を思い出せるように心に仕舞い込んで。名前も、声も、仕草も、繊細に、一つも欠けたりせず残せるように。
私はもう二度と、みんなを忘れはしないだろう。
185人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:アユミ | 作成日時:2018年11月15日 0時