【Ｈ×H】長月のセレナーデ【幻影旅団】 (ページ25)

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第二十三夜　黒い彼の望みと彼女の思いページ25

「……あの」
「なに？」
　見たことない…いや、恐らくはもっと昔から、何度か見てきたであろう町をトコトコと歩くAとクロロ。
　本当に、不思議な雰囲気のある町だ。ここが別の世界だなんて考えられないが、今、彼の隣にいる今なら分かる気がした。

「それで、私は何をしたらいいの？」
　そう。それはともかくとして。呆気なく敗北し、第一勝者のクロロの言うことを聞く羽目になったAだが。先程からこうして道を歩いているだけで、一向に彼から命令らしきものがやってこない。いや、ないならないでその方が好都合だ。

「今、してくれているだろう」
「…？」
　何を、自分は彼にしたと言うのか。クロロの言っている意味が分からずAは首を傾げる。

「あんたと一緒に町を歩いてみたかったんだ。忘れてしまうようなあんたじゃなくてね。いつか、今日を思い出して笑ってくれるようなあんたと」
　歩いてみたかったんだ、とクロロは言った。

　どんな反応をしたらいいか、分からずAはゆっくりとクロロから顔を逸らす。てっきり酷い命令でもされるのではないかと思っていた。そんなことを考えていた自分がとても恥ずかしかった。

　何度も、何度も。出逢っては忘れていた自分を彼は、彼らは。待ち続けていてくれたのだ。彼らにとって、初めてではない出逢いを繰り返しながら。そんな彼の、望みがこんな…。こんな、当たり前のようなことを望むクロロに自分は…。
「A？」
　突然黙り込んだAを疑問に思ったのかクロロは問い掛ける。
　ねえ、なぜ？

　なぜ、見ず知らずの世界から、ひょっこり現れた私をそんなに想ってくれるの？なんでそんなに、待っていてくれたの？

「クロロ…」
　クロロが、静かに首を傾げる。黒い髪が微かに揺れる。さらり、と水のようにきれいな音が鳴った気がした。不思議だ。今こんなにも近くに、隣にいるのに。この人はなんだかとても遠いところにいるような気がしてならない。無機質で、静かで、まるで雲や風のように穏やかで。

　そして、どこか悲しい匂いを纏っている気がする。優しいはずなのに、それが彼の深から生まれているものではない気がした。初めて会った、一番古い記憶にあるのは、あの雨の日のこと。まるで絵本の世界のような場所に突然来てしまった自分。あの時見せてくれた笑顔も、抱きしめられた温度も…。なんだかまるで実感が湧かない。

　仮面を剥いでも剥いでも、同じ色して笑う彼が出てくるようだった。