冥府と花の騎士 (ページ46)

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【本編】冥府と花の騎士３４ページ46

呆気にとられるデスハーとオウケン。カランカランと虚しく扉のベルだけが響き、まるで嵐が去ったかのようにその場には何も残っていなかった。
「…何も出て行けとは言っとらんぞ」
　デスハーがそう言ったとき、何かが、マントを引っ張った。
「ん」
　そこには、Aの姿。
「ありがとう、ございました…」
「…、お前は隙が多すぎる」
　ハァ、とデスハーはため息をつく。
「戦場だったら数秒も持たずに死ぬぞ」
　オウケンがしゃがみ込み、彼女を覗き込んだ。
「…痛むかい？」
「いえ…」
　あぁ、全く忌々しい。なんだというのだ、この苛立ちは。ただの酔っ払い客など、手を貸すつもりはなかった。しかし。

　Aの腕を掴んだ男たちを見た時、不思議と身体は動いていた。言いようのない怒りと共に。全くどうかしている。自分がこんなに動じるなど。
「た、大したことはありません」
　オウケンとAのやり取りを見ていたデスハーは、すっと彼女の手を取り上げた。なるべく、力を入れぬように。強く掴んでしまわぬように。無意識にそう思いながら。
「デスハーさまっ」
「…腫れてるな」
　じ、と彼女の白い手首を見てデスハーは呟く。赤くなったそれを見るとなぜか無性に苛立ちが募った。あんな風に掴まれただけでこんな腫れるものなのか。なんと脆いヤツ…。
「本当に、大丈夫ですっ。私が、こんなだから…」
「もう、辞めろ」
「え…」
「騎士なんぞ辞めろ。諦めよ」
「で、でも…」
「お前には無理だ」
「兄者、何もそこまで…」
　オウケンが声をかけてきたが、デスハーはそれには答えず続けた。
「お前はそんな早死にしたいか」

　夜明けの城下町を、オウケンとデスハーは歩いていた。もはやフードを被ってはおらずデスハーはいつもの恰好だ。オウケンは、複雑な心境でその大きな背に続き歩いていた。

　私は、どうやら余計なことをしてしまったみたいだ…。

　王の背中を見上げながら、オウケンは思った。Aがあの店で働いているとデスパーから聞いた時、こっそりと彼女の様子を覗きに行ったのだ。懸命に健気に頑張る彼女を見ていたら、どうしてもデスハーをそこへ連れて行きたくなってしまった。

　兄者に会えば、君はまた嬉しそうに笑ってくれると思ったんだがな…。

「全く、難しいな…」
「何か言ったか、オウケン」
「…いえ」

　自分もまた、なぜこうまで彼女を気にかけてしまうのか。どうしてあの子を喜ばせたい、だとかそんな風に思ってしまうのだろうか。