【本編】冥府と花の騎士 ３０ ページ42
「久しぶりに、酒場へ行きませんか」
「酒場ァ？」
夕刻、執務がほどよく落ち着いた頃。そう声をかけてきたのはオウケンだった。
「別に構わんが…また急だな」
デスハーの返事にオウケンはにっこりと笑う。
「近頃兄者も、仕事が続いてお疲れでしょう。息抜きに、飲み行きましょうっ！」
「まァ、確かにここ最近、行っていないな…」
「昔、戦のあとはよく行きましたね」
「フッ、懐かしいな」
しばし昔を思い出し始めたデスハー。たわいもない話をしたものだ。将来のこと、この国のことを…。そうか、それが今では。
この男は、今じゃ国の騎士団の団長だ。そして。
オレは王になった…。
まさか本当にこんな日が来るとは。邪悪な我が父、あの人をこの手で葬ることになるとは。そして、この国がこんなにも変わるとは。あの頃からしたら想像もつかなかったこと。
今、自分が王であるのも…己だけの力ではない。
ちらりとオウケンに視線をやる。
お前も随分、背が伸びたな…。今じゃ前線に立って活躍する騎士団の団長だ。いつの間にか自分の後をひっ着いてきていたこの可愛い弟は、いつの間にか自分よりも前に立ち剣を振るっている。
この国の未来は、きっと明るい。お前たちがいる限り。
「ならば行くか、オウケン。いつもの店へ」
「えぇ！そうこなくては！店主にも久しぶりにお会いしたいですね」
「あの男は滅多に顔を出さんだろう」
「でも、王が店へ来たらきっと皆喜びますよ！人だかりもできて酒どころではないでしょうね…。ですのでここはひとつ、お忍びということで」
唇に人差し指をあて、どこかオウケンは楽し気だ。
「お前はまた…ガキみたいなことを」
そして深夜。町が寝静まった頃、オウケンとデスハーはそっと城を抜け出す。
「城のことは隊長に任せましたし…。彼なら安心です」
「なんなんだこの罪悪感は…」
大きなフードを被ったオウケンは、まるで少年に戻ったかのように悪戯な笑みを浮かべてこそこそと歩く。
「普通に行けばいいと思うのだが…。この恰好必要か？」
「もちろんです！あくまでも、"お忍び"ですから」
「むしろ目立っている気がするぞ」
城をそっと抜け出す自分たちは、まるで家をそっと抜け出した子ども。そういえば昔、外へ行きたがる弟たちを連れて、夜中に城を抜け出しては静かな町を歩いたな…とデスハーは懐かしさに浸った。
「やはりお前は、まだまだ子供だ」
「？、何か言いましたか兄者」
「いや。行くぞ」
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作者名：アユミ | 作成日時：2022年5月2日 22時
