冥府と花の騎士 (ページ22)

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【本編】冥府と花の騎士１６ページ22

もう帰る場所なんてないし、もはやあの城が家のような感覚でいたが、そうじゃない。ちゃんと、見つけなきゃ。自分の足で、立って生きていくって決めたんだもの。今日、外に行くがてら…。

「町に出てもいい、と…？」
「別に君を閉じ込めているつもりはないよ。君が落ち着いたら、いつでも城を出て行ってくれて構わない。しかし急に出ていけと言ったところで、行く宛てがあるわけでもないだろう」

　町へ行くがてら、君の帰る場所を探そう。オウケンさまはそう言った。

　オウケンさまはさわやかな笑顔を浮かべてそう言った。彼の連れてきた馬がヒヒンと鳴く。
「乗れるかい？」
「はい…。ん…、うわっ」
　ひょい、と軽く抱きかかえられてしまい馬に乗せられる。な、なんと恥ずかしい…。それに馬に乗ったのなんて初めてだわ…。
「すみませ…」
　オレが後ろの方がいいかな、とオウケンさまは一人呟き彼も馬の背中に乗る。それにしても、高いなあ…。まじまじと地面や周囲を見る私に、オウケンさまは笑って言った。
「こいつは大人しいから心配いらないよ」
　背中からオウケンさまの逞しい腕が回される。振り落とされないようにね、と背後で彼は笑った。なんだろうか。心地よい。

　この人はどこまでも眩しいなぁ。それに、このむず痒くて、温かいお湯に浸かっているようなこの感覚はなんだろう。なんだか、この人のそばにいる時は、不思議と子どもに返ってしまう気がする。

　まるで、お兄さんのようだ。兄弟がいた記憶はないが、きっと私に兄がいたら、こんな風に笑いかけてくれるのだろうか、と思った。思わず甘えてしまいたくなる、その柔らかな優しさは、あのデスハーさまとは違った優しさ。

　どうしてだろう。この笑顔が、なぜかとても儚いもののように思えるのは。少しだけ、泣きそうになるのは。

　この時の私はまだ、知る由もなかった。これからオウケンさまに静かに忍び寄る暗い影を。この笑顔も声も、全てが闇に閉ざされてしまうことも。

　振り返ってじっと見つめていれば、オウケンさまはまた笑い返す。やっぱり、太陽みたいだ。この人は。

　背中にオウケンさまの温度を感じながら、私は走り出す馬の背で目の前の景色を見つめていた。びゅんびゅんと走っていく馬は、鬣をなびかせてリズムよく樋爪の音を響かせた。

「わぁっ」

　風を切って、走る。景色が、どんどん変わる。少しずつ、町が見えてくる。この冥府の城下町だ。