【本編】冥府と花の騎士 １０ ページ16
着いて来い、と言われその存在感を放つ大きな背中を見上げながら歩く。夜を映したような深い紫のマントは、常夜の国とも呼ばれる冥府に相応しい色合いに思えた。
この背中を希望に、この国は歩き出すのだろう。一体どれほどのものが、この王さまの背中に圧し掛かっているというのだろう。ちっぽけな自分には、想像もつかないような重圧と責任。この方は、それを、一人で。
なんとも言えぬ、寂しさと切なさを覚えた。
「少し待て」
いきなり止まられてぶつかりそうになる。ぶわ、とマントが鼻を掠めた。しんとした深い夜の香り。デスハーさまはそう言い残すと目の前の部屋へ入っていく。中が気になりはするが、待てと言われたので文字通り待つことにする。ものの数十秒で、デスハーさまは現れた。
その大きな手に、何かを抱えて。
「…Aよ。お前なら、できるはずだ」
大きな手が、目の前へすっと降りてくる。その手のひらにある存在を見た途端、息が止まった。
「ど、どうし…て…」
陽だまりを浴びたような、黄色い羽根。包帯が、翼に巻かれていた。
「利用価値があると見て、殺しはしなかったのだろうな。目の前でいたぶることで、お前から涙を奪おうとした」
手が、震えた。
デスハーさまは、続ける。
「頼む。こいつを、救ってやってくれ」
おぼついた両手が、デスハーさまの手元へと伸びた。すっかり冷たく、硬くなった小鳥を両手で包み込むと、私は抱きしめるように自分の胸へ持っていった。
「…はい…っ」
ぽたぽたと、零れた涙は地面に落ちて、幾つもの花々を咲かせる。
冷たい小さな体を、頬に摺り寄せた。そして、それが温かくなり始めたことを感じる。私の手の温度すら超えた時、微かに響く鼓動を感じた。
…よかった。
「っ、ふっ…。うぅ」
…もう一度、会えた。
「ごめ、んね…」
するりと温もりが手からすり抜ける。懐かしい歌声が響く。
「…ごめんね…。こんな、苦しい思いを…あなたは、何の罪も…」
差し出した両手に、また戻る温かな感触。黄色いその命は、無邪気に私の手にすり寄った。
あぁ、良かった。
生きていて、本当に。
「…ありがとう。そばに、いてくれて…ありがとう」
そう告げると、黄色い小鳥は私の頭の上で小さく円を描き、そのまま飛んでいく。
「ありがとう！私…生きるわ！」
優しい音色。生きて、と、そう聞こえた気がしたの。
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作者名：アユミ | 作成日時：2022年5月2日 22時
