冥府と花の騎士 (ページ12)

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【本編】冥府と花の騎士６ページ12

「許せ…とは言わん」
　
　お顔は、確かに王と似ているかも知れないと思った。実のところ、私もあまりサトゥン王にお会いしたことはなかった。あの実験も、王の雇った研究員や従者たちがしていたことだから。

　でも。違う。

　この方と、デスハーさまとサトゥン王は違う。

「あなたが…謝る必要は、ありません…」

　確かに、サトゥン王のしたことは許されることではなく、私だってそのつもりはない。でも、この方が謝るのは、違う気がする。

「いや…私の、罪だ」

　そう言ったデスハー様の表情は、遠くを見ているような。

　この人は、今、別のことを思っている。何か、別のことと重ねているのかも知れない。そう思った。

「死ぬな」

　デスハーさまはただ一言、そう言った。まるで、一筋の光のように。ピンと張ったその言葉は、真っ直ぐに私の胸に突き刺さった。

　本当は、この先生きていくつもりなんてなかった。もう、家族だってどこにいるか分からない。生きているのかすら。いつの日かも、忘れたあの日。ある日突然連れ去られずっと、城の中の、薄暗いあそこに閉じ込められた。

　生きていても、希望なんてない。こんな力を持って生まれて、それなのに。

　たくさんの人が傷ついた。苦しんだ。私の涙の力を利用し、始まった人体実験。

　こんなことなら、こんな力いらなかった。

　この先それを持って生きていても、仕方がない。それ以上に、もう生きる理由が見つからない。

　せっかくこうして助けていただいたのに、生きる理由が見いだせないでいた。この先、何をして生きていけというのか。

　でも、今、目の前のこの方が言ったその言葉は。静かに、そして深く、岩に染み入る水のように溶け込んでいった。

「はい…」

　そうか。

　こんなに、温かいのか。気付いたときには、涙が溢れていた。とめどなく溢れるそれは、自分の顔周りで花を咲かせ続け、デスハーさまのお顔も見えなくなった。花の香りの中、胸に咲いた温かなそれを、私は噛みしめた。

　こんなにも…『死ぬな』、の…。

　その一言が、嬉しいだなんて…。

　生きる理由なんてないかも知れない。それはこの先も、ずっとそうなのかも知れない。でも、今、ここで誰かが死ぬなと言った。

　死ぬな、と。

　あぁ…生きたい。

　その理由はないけれど、それでも、確かに聞こえたその一言に、答えたい。

「はい…っ」

　涙でぼやけた景色の中、私を真っ直ぐ見つめるその瞳は、他ならぬ王の瞳であった。