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雨が、上がったのではない。目があったのは、心配そうにこちらを覗き込む、一人の女の、濡れるような漆黒の瞳だった。差し出されたビニール傘を、幾つもの水滴が伝っている。

「ジェノス……さん」

 その瞳に、呆けたような顔した情けないサイボーグの顔が映る。鉄の無表情だって?笑わせる。

 自分はいつだってこんな、阿呆で情けない顔をしているのだ。真っ直ぐに前を見て、決してなにも恐れず立ち向かっていくあの方とは違う。

「風邪を……」
「引かない。オレは、サイボーグだ」
「……、でも、放って、おけません」

 なぜそんな目をする?オレを可哀想とでも言いたげな。バカにしにきたのか?

「腹が立つな。怪人のいない世界は、さぞかし平和なんだろう」

 また、口をついて嫌な台詞が出る。これが、S級ヒーローの言う台詞か?プライドのかけらもない。こんなオレが、強いはずもない。見ず知らずの、怪人すら知らない女に、ただ八つ当たりをするだけの、ゴミのような人間だ。

「……すまない、オレは、どうしてもお前に当たるしか他がないようだ」
「……いえ…」
「……S級ヒーローか、笑わせる……。先生の風上にもおけない、無力で、傲慢で、利己的な、ちっぽけな存在だ」

 今のオレは、あの人の隣に立つ資格すらない。

「ジェノスさん……私……サイタマさんから、聞きました。ジェノスさんは、とても強い人だって。この街を、Z市をちゃんと守っている、と…。私は、今日、初めて怪人というものを見ました。とても、怖かったです。初めて、目の前で……人が、死にました……」

 傘を持つ手が震えていた。

「でも、サイタマさんが、助けてくれました……。命を……救ってくれたんです……。本当に、ヒーローみたいでした……。ジェノスさんだって、誰かにとって、そういう、存在なはずですっ……!」

 黒い瞳が、潤んで震えた。ぽたぽたと、小さな水滴が頬を伝っている。
「ちっぽけなんかじゃ、ないです……」
 
 ジェノスは、拳を握り締めた。

「ヒーロー、なんでしょう……?」
「お前に、何がわか……!」

 その時だった。

 一瞬で目の前から彼女がいなくなったのは。コロコロと、その場にビニール傘だけが転がる。
「ゲヘヒャハハハァアア!!雨の日ってのはァ最高だぜぇ!!」
 
 うるさい汚いダミ声が、頭上から降り注ぐ。そこには、ナメクジのような巨大な怪人がいた。片手に、彼女を握り締めて。

 




 

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作者名:アユミ | 作成日時:2019年5月9日 2時

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