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その色気に溢れた瞳がきゅっと細められて、少しだけ掠れたその声に、言葉に。
心臓がうるさいほど早く動いて。息が詰まる。
でも、何より。
ちゃんと、大人として見てもらえている。
そのことが嬉しかった。
それだけで、十分だった。
『なんて、これじゃあわたしの方こそセクハラですね!』
これはここだけのお話で、と口元に人差し指を当てて精一杯笑ったわたしは、さぞかし滑稽だっただろうと思う。
でも、これしかなかった。
できるだけ、おどけた雰囲気で。
明るく。あくまで冗談だったということで。
ちょうどいいことに、お手本はさっき見た。
だからどうか、震えてる指先には気付かないでくれ、と願いながら。
それが功を奏したのか、彼はちょっとほっとしたように息を吐いて、それからまた笑顔を浮かべた。
そりゃそうだ。
こんなところで、見ず知らずの女に口説かれてちゃどうしようもない。
そういうことにも、慣れてそうだけど、スーツ着てるし、きっと仕事中なんだろうし。
「コヅケンのイベント、明日もあるから良かったら来てくださいね」
『はい、是非』
営業スマイルに小さく頭を下げて、彼に背を向ける。
これでいい。
思い出は、大事に心の中でとっておくべきなんだ。
何年も前の思い出に、今日はちょっと色がついただけ。
最後にちらりと見えた彼は、挙げた右手をひらひらと振っていた。
電車に揺られながら、何とか正常を保とうと頭を働かせて。家に着いた時には、いつもの何倍も疲れていた。
食事もとらずにベッドに倒れこむ。
薄れゆく意識の中、思い出されるのはついさっき会った彼のこと。
まだ、東京にいた。
東京に勤めてるのかな。
コヅケンとどういう関係なんだろう。
スーツ、着てた。
背格好も随分変わってた。
もう、高校生じゃなかった。
学生時代の、儚い恋。
恋とも呼べるか分からない、不思議な感情。
もう、何年も前のもの。
それでもこんなに反応してしまうのは、思い出が美化されているからなのか。
でも、少しだけ浮き足だった、ふわふわとした気持ちはすぐに消え去ることになった。
翌日、少しの期待を胸に行ったコヅケンのイベントで、彼に会うことはなかった。
ただ、日常に戻るだけだった。
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nameless - 1話1話読み進めていく毎に高揚感が募っていくような作品でした!またいつか、続きを楽しみにしております (12月20日 10時) (レス) @page42 id: e6c0ea655a (このIDを非表示/違反報告)
さな(プロフ) - 水傘るんさん» 水傘るんさん!ありがとうございます!このシリーズに黒尾さんは必須!と思っていました!大人ですよね…!ありがとうございます頑張ります!! (2023年3月31日 19時) (レス) id: ee78dfa46a (このIDを非表示/違反報告)
さな(プロフ) - 菜花さん» 菜花さん、ありがとうございます!彼らの大人時代はどんなのかなぁという妄想から始まった作品ですが、そう言っていただけて嬉しいです🍀💚今後もぜひよろしくお願いいたします! (2023年3月31日 19時) (レス) id: ee78dfa46a (このIDを非表示/違反報告)
水傘るん(プロフ) - 面白すぎます........えっやばい。黒尾さぁん.....大人の男すぎますって....最高です....!!!無理されない程度に更新頑張ってください!!応援してます!! (2023年3月26日 2時) (レス) @page27 id: e67109cbac (このIDを非表示/違反報告)
菜花 - めっちゃ大人って感じのハイキューの小説が読めるとは…!と感激しています!スッと内容が入りやすくて魅了されるような文章で尊敬します!なんか上からですみません!応援してます! (2023年3月20日 3時) (レス) @page27 id: da77361163 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:さな | 作成日時:2023年1月20日 20時