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(赤葦side)
花火大会からの帰りであろう人混みを避けて、
その流れに逆らって電車を降りる。
花火大会が終わった頃の、遅い時間。
風呂上がりにベッドに転がしたままだったスマホを見れば、通知を知らせる光が点いていた。
何気なく開いて、そこに書いてあった文字に、
苛立ちと、悔しさと、愛しさが溢れて。
気づいた時には、家を飛び出して走っていた。
どれくらい走ったのか、駅に向かう人もまばらになってきて、そうしてたどり着いた公園に、人影を見つけた瞬間、柄にもなく泣きそうになった。
乱れた息を整えることもしないで、
夢中になって駆け寄る。
「っ、Aさん」
『………赤葦先輩、何で』
夏の蒸し暑い空の下で振り向いた彼女は、
綺麗な紺色の浴衣を着ていた。
初めて見る、好きな人の浴衣姿に喉が鳴るけれど
今はそれどころじゃないと雑念を頭から切り離す。
そうして、彼女をもう一度見て、
やっぱり変わることのないその表情に、眉根が寄る。
彼女は、綺麗な、綺麗な笑顔だった。
綺麗な笑顔で、泣いていた。
「……風邪、ひくよ」
家を出る時に掴んできたパーカーを彼女の肩にかけると、ゆっくりとそれを見て。
それから、ああ、と小さくこぼして、
そこで初めて、その綺麗な笑顔が、儚く歪んだ。
歪んだ顔で、でも笑顔はそのままで。
アンバランスな表情なのに綺麗だと思うのは、彼女を好きだと思うからなのだろうか。
『……花火、すごく綺麗でした』
「…うん」
『光くんとの、最後の思い出。
たくさん、たくさんできました』
そう話す彼女は本当に綺麗で、幸せそうで。
頬に流れる涙だけが、どこか現実味がなかった。
Aさんが今日、誰とどこに行ったのかなんて、その格好を見れば聞かなくてもわかる。
花火に行けたんだ、と嬉しく思うのに素直に喜ぶことができないのは、今日、彼女がそこで何をしてきたのかもわかってしまうから。
『本当に、幸せで…、嬉しくて…っ』
言葉と一緒に口から出てくる息に、
少しずつ嗚咽が混ざって苦しくなる。
俺が苦しくなったところで、意味なんかないのに。
『……好きだった、って言ったんです』
「うん」
『わたし、光くんに、好きだったって、言ったんです』
その頬が、小さく震えているのを、俺はただ黙って見つめるしかできなかった。
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さら(プロフ) - 登場人物の心情や状況を色々な方法で表しておられ、こだわりを感じました。特に浴衣の色の対比にグッと来ました。主人公も赤葦のそういう真っ直ぐなところにやられたんだろうなぁ、と、結婚式までのお話も読んでみたくなりました!素敵な作品をありがとうございました! (2月21日 18時) (レス) @page40 id: 3384d29a03 (このIDを非表示/違反報告)
さな(プロフ) - Renaさん» Renaさん!最後まで読んでいただきありがとうございます!このお話が最高だなんて…初めての完結作品だったのでたくさん読んでいただき本当に嬉しいです。ありがとうございます!! (2023年1月22日 22時) (レス) id: ee78dfa46a (このIDを非表示/違反報告)
Rena(プロフ) - 完結おめでとうございます!この小説見つけてから毎日毎日ケータイに穴が開くぐらいまで読んで、たくさん笑って、泣いて、最高の小説でした、こんな最高な小説を作ってくれて、完結してくれて、ありがとうございました、完結するのはとっても悲しいですけど嬉しいです、 (2023年1月21日 19時) (レス) @page40 id: 89e66a43fb (このIDを非表示/違反報告)
さな(プロフ) - マロさん» 最後まで読んでいただきありがとうございます!温かいコメント、とても嬉しかったです。これからマロさんのコメントなしでどうすればいいんだァアアア!! (2023年1月21日 11時) (レス) id: ee78dfa46a (このIDを非表示/違反報告)
マロ(プロフ) - 完結ありがとうございます!そしてお疲れ様でした。毎日更新をとても楽しみにしていました。これからなにを楽しみにやっていけばいいんだァァァァア。゚(゚´Д`゚)゚。 (2023年1月20日 20時) (レス) @page35 id: 608bd786c9 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:さな | 作成日時:2023年1月7日 11時