大事なひと２【木兎光太郎】【赤葦京治】

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カラン、コロンと
漫画みたいに下駄を鳴らしながら歩く。

蒸し暑い真夏の夜でも浴衣一枚は少し寒いけれど、
すっかり火照った身体には心地いい。



あれから何事もなかったかのように普通に神社を出て、人波に流されながら帰り道をたどっていた。

少しだけ、前を歩く光くんの大きな背中に、
今日何度目かわからない胸の痛みを覚える。






「ここらへんまで来たら、人もだいぶいねーな！」

『そうだね、みんな駅に行くみたいだから』

「そう思うと、俺らの家っていいとこにあるよなぁ」






他愛もない話をして、いつも通り歩いていたのに。


光くんがそうやって笑うから
また、心臓が痛くなる。




光くんの言う通りもう家の近くだから。

早く、言わなきゃって。
言って、終わりにしなきゃって。

思っているのに、それを拒むように身体が重くて。



そっと、風で浮いた前髪を押さえるようにして俯いた時、今しかないと思った。



ちょうどよく、風が吹いたから。
今日のこの髪型、すごくお気に入りだから。


顔の前に手、あっても変じゃないよね。
下、向いててもおかしくないよね。



わたし今、笑えてるよね。






『光くん』






この10年間。
もう何度呼んだかわからない、大好きなその名前を口にすると、すぐに大きな影が振り向いた。






「ん？何だ？」






ついさっき、その綺麗な瞳が目の前にあったこと。
重なるほどの距離にいたこと。

一瞬だけでも、全てが重なったように思えたこと。



思い出しても、もうわたしに残るのは
頬の熱さじゃなくて、胸の痛みだけだった。





大丈夫。
全部、想定していたことだから。

思い出は、今日までたくさん作ったから。
たくさん光くんに幸せをもらったから。



あとは、わたしが光くんのためにできることを
ちゃんとやるだけ。





大きく息を吸い込む。
ちゃんと、全部、言えるように。






『わたし、ずっと、好きだったんだよね』

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