撮影が終わっても。［K.M］ (ページ33)

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「ただいま……」

誰もいない家に虚しく響く声。

気持ちの切り替えがヘタな私は

ミスしたダメージを家まで持って帰ってしまった。

あ、ごはん……どうしようかな……

健くんの帰りはもっと遅いし……

自分のためだけには頑張れない。気分が乗らない。

ぐでーっとダイニングテーブルに突っ伏して、
いつの間にかウトウトしてしまっていたらしい。

「ただいま～」

の声が聞こえてハッとした。

「おかえりなさい。すみません……あの、ごは…」

「見て見てぇ～」

両手に持っていたビニール袋をガサッとダイニングテーブルに置いた。

「長本から教えて貰ったの。ご飯まだでしょ？一緒に食べよ」

「あ……ありがとうございます」

この方にはなんでもお見通しなんだろうか。

きっと今私はヒドい顔だ。

「あのね、A。今はここがお家でしょ？」

「はい……」

「今まで住んでた家とは違うし、
まあ、こんなおじさんと2人きりだし？
居心地良くないかもしれないけど」

と、ちょっと眉を下げて笑いながらこう続けた。

「家ではできるだけ肩の力抜いててよ。
せめてここでは、リリからAに戻れるように…
Aのままでいられるように、ね。」

“Aのままでいられるように”

おそらくこの世界に入ってから
完全なプライベートなんて存在しなかったであろう彼の言葉は重く響いた。

そして健くんがいつも、リリとAを完璧に呼び分けてくれる理由がわかった気がした。

「だから、困ったこととか、悲しいこととか、
それから、嬉しいことも。なんでも教えて？」

「…ありがとうございます」

うっかりしたら泣きそうで、言葉が詰まった。

「さ、冷めないうちに食べよ」

促されて口に運んだ野菜たっぷりのコンソメスープが、
健くんの優しさと一緒に全身に染みていく。