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都合のいい人……S.K ページ5

「ねえ、起きてる?」
しずかなしずかな夜だった。
遠慮がちに声が響いた。

「……………」
「寝てるの?」
「寝てますけど」
不機嫌な声。少ししゃがれたちいさな声が、すぐ隣から聞こえてきたのでほっとする。

「起きてた」
「起こされたんだよ!」
やっぱり不機嫌な声だけれど、安心する。この人はいつも、声をかけるとすぐに反応してくれる。あんなにめんどくさがりで大雑把なのに、そういうところが繊細で優しい。


「…起きたね」
「起こされたって言ってるのに、人の言うこと聞けない人だなー」
そう言われて、申し訳ない気持ちとうれしい気持ちが混ざって、思わず彼の部屋着の肘の部分を引く。
彼はため息をついて、ほんの少し、こちら側に体を傾けた。


「いやなことを思い出したの」
「……俺もいま、いやなことを想像したところですよ」
「当たりかも」
「……ですよね」
 
もうひとつため息が聞こえて、彼が自分の髪をくしゃくしゃ、とかき回した音が聞こえた。
いつも黒くて濡れたように耳にかかる髪が瞬間見えたような気がして、なんとなく彼の方を見てしまう。
 
暗闇の中、きれいな鼻先が見えた。

「……ごめんね」

思わずそう口にすると、彼はますます怒ったみたいにため息をつき、こちら側に体を起こして言った。

「謝るの禁止って約束したよね、Aさん」
「……そうだった」
「そのくらいの約束は守って」
「うん、ごめ」
「おい」
「最後まで言ってないから!!」
「もう、あなたは、ほんっとに」


だんだん小さくなる声で言って、それきり彼は黙った。肘を引いていた手の持って行き場がなくて、じっと手を見ていたら、不意にその手を彼に掴まれた。つめたい手だった。

「で、なに」
「聞いてくれるの?」
「約束したからね」
「ありがとう」
「約束は守る男ですから!!」
「怒らないでよ」
「怒って、ない」

手を離して、わたしの頬にふれた。
つめたい手の、優しいひと。

「ほら、話して」
「今日、あの人が他の女の子のことを、可愛いって言ってるの、見た」
「どーしてあなたはそう言う現場にいっつも居合わすかな」
「……好きで見ちゃう、からかな?」

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作者名:由乃 | 作成日時:2020年4月20日 15時

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