【陰陽師】邪神と陰陽師の異形な絆【短編集】

雨 ページ8

怪しい空模様に頭上を覆い尽くされ、梅雨の湿気に全身を包み込まれる。


やっぱり雨は降り出した。


豪雨ではないけど、小雨だと軽んじれない、と言った具合かしら。


そんな雨天の中、ずぶ濡れで走るAさんを見かけたから、雨宿りしていかない？ と声を掛けて、私の小亭の軒下へと招き入れた。


普段私を乗せている小亭はまあ付喪神の類みたいな子で、必要な時にはこうやって人間が入れる位の大きな東屋に変身出来るのよ。



「ありがとう天井下。お邪魔します」


Aさんって本当に綺麗な人。


雨水を存分に含んだ髪は艶が増していて、雫が溜まってしまう程に睫毛が長くて。


濡れて肌寒いのね、均整な曲線美の頬も袖口から覗く繊細な手の指先も、色付くように上気していた。


恵みの雨を吸って瑞々しい……例えるなら、言葉を理解する花のように、柔肌も明眸も桜唇も潤う美人さん。


でもあの子も……織雪も、Aさんと同じくらい可愛い娘だわ。



あの日は天気雨。


ああいう晴れているのに雨が降っている天気のことって、日照り雨とか狐の嫁入りとも言うみたいね。


とにかく今日みたいな濃い鉛空から降る雨と違って、きらきらと輝く神秘的な雨だった。


男と娘、愛らしい二人は、相合傘をして帰って行く……。



「ねえ。Aさんには」


傘を持って迎えに来てくれるような男性って居たりする？


雨凌ぎ中の暇潰しである世間話が一段落した後に、新たな話題として私はAさんに、そう尋ねようとしたその時。


ゾッとする気配に身が震えて思わず目の前の方を見てみると。


其処には、不気味な蛇を纏う男の人が傘を差して立っていて、蛇みたいな鋭い眼で私達を見据えていたの。


私は小さく悲鳴を上げてAさんの指貫にくっついた。


どうして、さっきまでこの辺りには誰も居なかったし、それに足音なんか全然聞こえなかったわ。



「オロチ」



気が抜けたようなAさんの声に、ふっと私の緊張も緩む。


オロチと呼ばれた男性は、面食らって丸い瞳を更に丸くしているAさんの方へと少し傘を傾ける。


放心した様子のAさんの手首に蛇が一匹巻き付いて、急かされるように前へ引っ張られたAさんは長身の懐へ飛び込んでしまった。


「体が冷たい」


自分の衣服が濡れるのを厭わず、大事なものを守るように、傘を持たない片方の腕に掻き抱かれたAさんは。


多分この蛇の人しか知らない、そんな特別な表情をしている気がした。

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