【陰陽師】邪神と陰陽師の異形な絆【短編集】

看病 ページ5

就寝直前、私は発熱した。


鈴鹿山の進軍に対抗する為、海水で濡れた体で奔走、霊力を酷使し、心身の限界が遂に訪れたのだ。


心配そうに近寄る巫女オロチを手で制して離れさせ、召喚した紙人形に救護を頼む。


慌てて看護の用意を始める紙人形だが、その動きがぴたりと止まる。


布団の中の私を静かに見下ろしていたオロチが、ゆっくりと腰を下ろしたからだろう。


病人に手を出そうとしていると思ったのか、紙人形は駆け寄るが、また止まった。


オロチが手袋を片方だけ外す。


素手となった右手が、温もりのない冷たい手の平が、私の額に当てられる。


まるで氷が私の額の上で溶けて頭の中に染み込んでくるような体感が、気持ち良くて。


瞼が重くなり、意識が連れ去られるように遠退いていく。


「健闘したな」


心なしかポツリとした声も、此方を見つめる表情も、眠りに落ちた私には、聞くことも見ることも出来なかった。




『オロチ様、A様のおでこを一晩中冷やしてくださっていたのですよ』


快眠から寝覚めた私に紙人形が告げた通り、私の額にはオロチの右手が覆い被さっていた。


高熱の病状による不調の一切が消失している……今日も、動けそうだ。


するりと右手が離れたと同時に己を鼓舞しながら身を起こそうとすれば、急遽迫ってきていたオロチの顔面と鉢合う。


肩を抑えられまた布団に背中を沈める形に戻される。


私の顔を覗き込んでくるオロチに、下がったはずの体温が上がり、居た堪れず目をきつく閉じた。


暗闇の向こう、額と額が軽く接触した後、ふふ、と笑った息遣いが肌を滑る。


恐々と目を開けてみると、オロチは少しだけ上体を起こしてやや大仰な溜息をついてみせた。


「Aはまだ本調子では無いようだぞ、紙人形」


万歳の姿態で、紙人形はぴょんと跳ねた。


『陰陽頭様に欠勤の報告をして来ます！』


足取り軽やかに部屋を飛び出して行った紙人形を唖然と見送る私に、オロチはゆったりと語り掛け始める。


「人間は、凍えても、茹っても、崩れてしまう」


それは脆弱さを儚むような声色だった。



「お前は陰陽師である前に人間だ」



今日は休んでしまえ……そう囁く声には、病み上がりな肉体と精神を容易く陥落させる甘美が宿っている。


降参寸前の私を畳み掛けるように、巫女オロチが私の頬に艶々した鱗を擦り寄せてきた。

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