【陰陽師】邪神と陰陽師の異形な絆【短編集】

甘美な縁 (ﾘｸｴｽﾄ) 拾壱 ページ37

「……はい」


血潮が燃え滾る律動で茹で上がってしまう前に、しかし熟れた顔を俯かせたまま、腹を決めて懸命に囁いた。


「貴方へ……」



「……ありがとう……」



慎ましやかな万謝を耳にして頓に上がった芳顔は立ち所に捕まり、桜の色をした唇は漆黒に染まる唇にしっとりと吸い付かれてしまった。


鼻にかかった女声と艶気のある男声の息衝き。


目の当たりにし小さく響く悲鳴に近い騒めき。


捧げられた贄を召すかのように、神は娘の口唇を抉じ開け、舌に歯に付着するチョコレートの甘い味を強奪すべく、縦横無尽に跋扈する。


そうして隈なく舐め取り賞味し尽くすと、名残惜しそうに離れていった。



取り返しのつかない灼熱を帯び瞠若するAへ、オロチは鷹揚に微笑みかけてから再び手を伸ばす。


たじろいだAの頭に、その手が置かれた。


まるで暖かな和みを求めて絹綿に触れるかのように、ぽんぽん、なでなで、と撫する緩徐な手付きに心弛び、Aは目の前の、白皙の肌の内から仄かな紅潮が滲んでいる男神を見澄ました。



頭を撫で回していた手はいよいよ引き退いて、チョコレートの箱を懇切丁寧に開け放つ為だけに動き出す。


仕舞われていたチョコレート達を見下ろせば傾いた長い睫毛が眼球に影を落とし、天然鉱石のような個々に焦点を結べば紫水晶の瞳に灯る光が優しく揺らめく。


摘まれた一つが、婉然と綻んだ玉唇へ寄せられ、蛇神の御口の中へ取り籠められた。



数度歯を立て玩味する端麗な面立ちを見入る、Aの心悸が長閑やかな音へ移ろうと共に。


持ち上がり丸く膨らんでいく下瞼の際に増幅する、潤沢な水分が充溢し、零れ落ちる。



「A……？」


噛み潰したチョコレートを飲み下した後、差し向けられたオロチの表情は、慎重に、臆病に……相手の胸襟を窺い見るようで。


Aの慕情を膨張させていく。


「渡して、良かったな……って……」


感泣の訳を告白するAの、あえかな双眸。


オロチの、濡れた膜で艶めいた眼目に、露を含んだ華のようだと映り込む。



「甘くて美味いぞ」


止め処ない熱涙に濡つ、血が巡って芯から温かな両頬を包んで撫ぜるオロチの手の平に、Aが赤子のように身を委ねれば、その唇を啄もうと慈顔が降りてくる。



紙人形達と巫女オロチは甘美なる色香に此方まで酔わされてしまわないよう距離を空けるべく、取り分のチョコレートを抱えて部屋の隅へと退避するのであった。

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