【陰陽師】邪神と陰陽師の異形な絆【短編集】

甘美な縁 (ﾘｸｴｽﾄ) 伍 ページ31

整列の中から無作為に一つ摘み上げれば、指先に硬質な感触が伝わる。


道綱と緊那羅、垢嘗と紙人形に見守られながら、Aは桜の花びらのような唇をそっと開き、芳しく香る塊を迎え入れた。


一口大のそれを、飴玉を舐める時と同じようにゆっくり転がしてみる。


すると、口内の熱でとろりと溶け始め、濃厚な甘さが舌先から喉奥までまろやかに広がっていく。


柔らかく溶けゆくその甘味は、軽く噛むだけで儚く奥に流されて、口福だけを置き土産に、胃袋へと滑り落ちていった。


頰っ辺が落ちそうな、とびきりの多幸感に抱擁され、Aの豊潤な瞳が蕩け、恍惚と瞑った上下の瞼に生える睫毛が艶を放つ。



「美味しい」



優艶な響きを鳴らすAの舌鼓を待ち望んでいたかの如く、チョコレートを贈った三者の顔色が喜びに染まる。


術者の好い反応に刺激を受け、主人が手に持つチョコレート箱の前へ躍り出た紙人形は、口元と思しきところに一粒運んで貰って、吸収し、あまりの美味に、手舞足踏。


全員に和気靄然とした笑声を沸き起こさせた。



一様に肩を揺らして笑う最中であっても、Aの舌に残る口溶けの余韻は、次の一口を急かしている。


至高の甘さ。


その陰で息を潜める、ほろ苦さ。


西瓜や餡子などに少量の塩を加えると甘みが強まり更に美味しくなる、といった話は有名だが、チョコレートも、ほんの少しの苦みが加わっていることで甘みが際立っているのかもしれない。


そんな考察を頭に過らせてから、残っている全てのチョコレートを絶えず口に放り込みたくなるのをぐっと辛抱して、一旦蓋を閉じ、客人達に向き直ったA。


告げねばならないのは、感謝と感想と約束。


「とっても美味しいお菓子をありがとうございます。幸せな気持ちになる甘さですね。また改めてお礼をさせてください」


「わあっ！ Aのチョコレート欲しい！」


深々とお辞儀をしようとした矢先に、緊那羅が突拍子もない無邪気な歓声を上げたものだから、Aは「えっ？」と呆気に取られてしまう。


「では、お返しはA殿お手製のチョコレートを所望します。なんでもこの菓子は、贈り合うことに意義があるそうで」


機を逸することなく道綱が補足を兼ねて便乗すれば、謂れに納得したAは穏やかに数回頷いた。


「そうだったのですね……でしたら、作り方を」


「材料のカカオ豆を持ってチョコレート屋に行けば、店主が一緒に作ってくれますよ！」

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