【陰陽師】邪神と陰陽師の異形な絆【短編集】

甘美な縁 (ﾘｸｴｽﾄ) 弍 ページ28

取り繕い合いに気付いているのか気付いていないのか、ふふふっ、と緊那羅が上機嫌に呼吸を弾ませた。


「美味しかったなあ、チョコレート」


己の契約者が知り合いの女陰陽師へチョコレートを紹介するのを傾聴している内に、女神はうっとりと思い出したのだ。


甘くて苦いが融和したあの趣を。


心の琴線に触れてくるあの味わいを。



「都には厳島に無い素敵な食べ物がいっぱいで、胸の高鳴りが止まらないわ！」



緊那羅の麗らかな笑顔、道綱の涼しげな微笑、そして垢嘗の、涼気に対し何やらめらめらと募らせた猜疑的な表情。


未だ道綱の手の中にある一つの菓子箱と、部屋の机に積まれた多くの菓子箱。


どれもこれもまだまだ説明が不足している為、詰め掛けられたAを一歩引かせてしまう要因でしかないのだ。



「……チョコレート……は、都でも見聞きしたことがありませんが……」


「ああ、出回ったのは極々最近で、本当に一部の界隈のみで流行している菓子ですよ。都に住む人間より、都で遊び興じる妖怪の間で話題になっています」


道綱の御丁寧な解説に緊那羅が続く。


「チョコレートは友愛を込めて贈るお菓子なの。これは私達三人で作ったのよ。私も垢嘗も道綱も、Aともっと仲良くなりたいから！」


緊那羅の天真爛漫な望みに道綱が大いに頷く。


「ええ。今後ともA殿とは更なる親交を深めていきたい所存です」


この次に発言したのは垢嘗だった。


「緊那羅様と僕は純粋に貴女のことが好きだけど、このおっさんは不潔な打算で渡しに来てますからね。騙されないでA様」


賀茂家の陰陽師である友人を一人でも作っておけば自分の仕事に有益だから仲良くしときたいんでしょ、という垢嘗の言説によって、道綱の額に膨れた青筋が現れる。


誤魔化しの効かない浮き上がり方に紙人形がびくついた。


道綱は口角を不恰好に上げて笑む。


「A殿。ネズミが作った分は不衛生なのできちんと除けておきましたから、安心して召し上がってくださいね」


「はあぁぁぁ！？ いつの間にぃ！？ 」


緒が切れる音と怒号。


窮鼠は猫を噛まねばならないのだという闘志を漲らせた小妖は、一本線の目から滲んだ悔し涙を散らす。


「ねぇおっさん！ その真っ黒に汚れたお腹は大掃除が必要なんじゃない！？ 僕が一掃してあげるよ！！」


常日頃から粗略に扱われているからこそ、垢嘗は道綱の上辺が汚らわしくて我慢ならないのだ。

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