「荒海の神子」(拾弍) ページ48
どう声を掛ければAは泣き止んでくれるのか、荒にはもう分からなかった。
こんなにも目を腫らして、肩を揺らして。
荒を想って泣いている。
どうせ泣くのなら、他者の為にではなく、自分の為に泣いて欲しいのに。
「……A」
荒が呼んでも、Aは振り向いてくれない。
両手で顔を隠して、泣いたままだ。
「A」
振り向かない。
荒の声が、聞こえているのか、聞こえていないのか。
どちらでも良いからこちらを向いて欲しくて、荒はAの肩に手を置く。
「頼みがある」
やっと、Aが荒の方を向いた。
「……荒様?」
Aを見つめる荒の瞳は、悲しいくらい真っ直ぐだった。
神としての畏怖や尊厳ある姿形とは無縁の、例えるなら途方に暮れた子供のよう。
そう、あの少年と同じ瞳。
「お前だけは、私を裏切らないでくれ」
偽りの優しさに惑わされ、裏切られて終わるのなら、いっそのこと誰も自分を愛さない世界で良い。
荒は以前までそう思っていた。
そう思って、いたのに。
「私を離さないでくれ」
「荒様……」
Aは心から誰かを思い遣ることが出来るから、どんな言葉を使えば、どう接すれば、相手が救われるかをよく分かっている。
それは、陰陽師として生きることが許されない身分と性別という危うい立場の上で、否応なく身につけることとなった世渡り術なのかもしれない。
だがAが元々持っている温かみは、どう悪く見ようとしても嘘だとは思えなかった。
自身の正義を貫き、強い者を恐れず、弱い者を守り、弱い者の為に涙を流す。
口だけの偽善ではなく、行動で示せるAだからこそ、信じられるし、信じたいと荒は思えるのだ。
「この先……何があろうとも……」
だから、必要以上にAの愛情を求めてしまう。
傲慢で薄情な人間には何を求めても無駄だと、身を持って知ったはずなのに。
もう荒は、A無しでは、上手く呼吸することすら出来ないのだ。
それ程までにも荒は、Aという一人の娘に執着してしまっていた。
「私を孤独に、しないでくれ……」
「荒」
優しげな声が、荒の名を確かに呼んだ。
荒は息を呑んでから、声の持ち主を見つめた。
涙を流し過ぎた瞳はぐずぐずに溶けていて、赤く染まった目元がやけに艶っぽい。
眉尻を下げ、口角を上げ、泣き面を無理矢理微笑みに変えようとしていた。
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イズモ(プロフ) - 茶々丸さん» わ〜ご愛読ありがとうございます!!…荒の声優さんに念を送ってもらいましょう!(平安京ラジオ) (2019年9月23日 18時) (レス) id: 2950d60cf9 (このIDを非表示/違反報告)
茶々丸 - 一年経っても見させてもらってます!荒来てくれえぇぇ!大歓迎だぞぉぉお! (2019年9月23日 10時) (レス) id: 65a910c7b3 (このIDを非表示/違反報告)
イズモ(プロフ) - 横ごりらさん» !!確かに!荒って何か…自分のこと好きじゃなさそうな気がするんですよね…伝記でもどっちかと言うと人間より自分を責めてる感があるように思えますし…どれも個人意見ですが(´-ω-`)こちらこそ、荒のこと語り合えて楽しかったです!ありがとうございました! (2018年9月11日 21時) (レス) id: 2950d60cf9 (このIDを非表示/違反報告)
横ごりら(プロフ) - イズモさん» 「愚か者め!」「愚かな・・」とかもよく言ってますが、「愚か」って、自分自身にも思っててよく使う言葉なのかな・・とも思いました>< いえ!とんでもないです!またイズモさんのお話を聞けてとっても嬉しいです!(^///^)お返事くださり有難うございました! (2018年9月11日 9時) (レス) id: 72764b205c (このIDを非表示/違反報告)
横ごりら(プロフ) - イズモさん» 私も想像になってしまいますが、もしも叱ってくれているのだとしたら本当に優しいですよね・・・常に無表情で厳しい言動の裏では、本当は自分以外の存在をいつも気にかけてくれているのかなと思えます(;_;)いっそ本心から見下して関わらなければいいのに・・(;_;) (2018年9月11日 9時) (レス) id: 72764b205c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:イズモ | 作成日時:2018年6月30日 20時