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「お前だって浮気した」
『あの人は俺のことそういう意味で…え？ないよな？』
「あったら困るが、ないとは言い切れん」
『あちゃー…でもそれは野上のこの件とおあいこね』
「本当に悪いと思っている」
『俺もいつまでも拗ねててごめん』
お互い頭を下げて、正式に謝罪する。
顔を見合わせればお互い吹き出して、柄じゃないと笑いあう。
いつまでも子供みたいな口喧嘩して、謝って、笑いあう仲に戻ればいい。
何も言わずとも自然に手を繋いで帰路へ立つ。
根本的なものな何一つ解決してないが、野上は満足そうにしている。
ただ一つ物を捨てただけなのに、それでも俺たちは一歩前に進んだ。
「宣杜」
『なぁに』
「…………A」
前方不注意。木に顔をぶつける。
額が痛い、この痛みが現実であることを物語っている。
名前、名前で呼ばれた。
親がどう呼んでたのかも思い出せない名前を。
「そんなに嫌だったか」
『ち、ちがう』
今まで意識してこなかった固有名詞。
拘りなんてなくて、俺が誰かわかってればいいと思ってたもの。
『なんか、ここが、温かくなった』
「…お前やっぱり、根本的なものが足りないな」
『え？』
「ふん。まあいい、少しずつ分かればいい」
心臓のところを抑えて言えば野上が笑う。
初めての感覚でふわふわした気持ち、それを野上は普通のことだと笑ったのだろう。
特別感。野上に呼ばれるとこうも自分の名前が誇らしくなるのか。
『ね、もっかい呼んで』
「A」
嫌がると思ったのにすんなり呼ばれる名前。多幸感。
『すごい、魔法みたいな言葉に思え』
「好きだよ、Aのこと」
『る、って、言おうと、したのに……』
多分俺は今、顔が茹ダコのように赤いだろう。
湯気も出てるんじゃないかってくらい、慣れない幸福感に照れが生じる。
こんなにも破壊力があるのか、好きな人に名前を呼ばれるって。
今までなんで気付かなかったんだろう、知らなかったんだろう。解らなかったんだろう。
「は、お前が照れるって相当だな」
『そりゃあもう』
「これがお前の言う可愛い、ってやつか」
楽しそうに笑う野上は、慈愛に満ちた顔で俺を見てくれる。
野上は、やはり優しいひとなのだ。
顔を赤くして緊張気味の俺と、楽しそうに俺の手を引く野上。
寮に帰った俺たちがいつもと正反対の態度をしていたため、全員に二度見されることになる。
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