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あの後、結局 事務所を閉めるまで彼女は帰ってこなかった。モブの話は少し気になったが、深いお辞儀をしただけではどこへ行ったかもわからず 探しようがなかった。
幽霊だから風邪をひくことも襲われることもないだろうし、これからはどこか他の場所で上手くやっていくんだろう。
―と考えていたのは楽観的すぎたらしい。
朝 事務所に行くと、彼女は今日もいた。
「…おはようございます…!」
俺の存在に気づくと さも当然のように挨拶をしてきた。
たしかに昨日 除霊しなくてもいいとは言った。
が、居座ってもいいとは言っていない!
「お、おはよう。」
いや、こういうのは気にしたら負けだ。味をしめて何度もやって来ることになる。見えないフリ見えないフリ…。
いつものようにパソコンの電源を入れ、新聞を読み、あとはコーヒーを…
「どうぞ。」
コトリとデスクの隙間に置かれたコーヒーカップ。ご丁寧にソーサー付きだ。
「すみません…少し給湯室をお借りしました…。」
「いや、いいんだ…ありがとう。」
そういえばコイツ昨日の朝からここに居たんだっけ。そこで俺がコーヒーを飲む習慣があるのを覚えたのか。
彼女が淹れたコーヒーを飲みながら、ひとり考える。これ意外と美味いな。
「しょうこ、お前 コーヒーが淹れられるってことはもしかしてほかにも雑用とかできたりする?」
「(コクリ)」
小さく、しかし確かに首を縦に振った。
…これは使えるかもしれない。
「なるほど…いや実はな、お前のこと除霊するか まだ迷っててな。他で暮らすんだったらともかく ここに居座り続けるって言うんなら何かそれなりに役に立ってもらわないと―」
昨日 片付いたはずの話を持ち出すなんて、我ながらズルいと思う。彼女の焦っている姿を見ると、少し良心が疼く。
「じゃあ、こうしよう。俺はお前を除霊しないし、お前はここに来たい時に来ればいい。その代わりに俺が言った仕事をやる。どうだ?」
「(コクコクコク)」
何度も大袈裟に頷く彼女。その顔には「ありがとうございます」の文字が見える。こうもわかりやすいヤツも珍しい。
「じゃあ 早速で悪いが―」
こうしてまたひとり 社員が増えることになった。
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作者名:遅筆の月空 | 作成日時:2019年11月28日 7時