パティスリー・リュンヌ 〈WN〉

ダージリン。 ページ5

『お待たせしました。』

「ちょっと歩いてもいい？」

『……はい。』

着いたのはこじんまりとした公園。

「はいこれ。」

『え？』

「俺が作ったケーキ食べてから決めるって言ってた。」

差し出された馴染みある形の箱を開けると中にはショートケーキ、フルーツロール、プリン。

「俺が作ったやつ。食べてみて。」

『こんな平日にどうやって。』

「徹夜で。」

パティシエは短時間睡眠が常とはいえ、この人、今はエンジニアじゃないのか？

これ以上、文句も言ってられないからショートケーキをひと口、そして、ロールケーキをひと口。甘さ控えめで軽やかな生クリームに対して、しっかりとした食感の生地、バランスが取れている。果物の酸味と瑞々しさも角が立たずに馴染んでいておいしい。プリンを食べてみると固さはしっかりあるがそこまで濃厚ではなく、カラメルも優しい味。固さは基本卵、特に卵白が凝固することで発揮されるから、この軽やかさは淡白な品種の卵を使ってるか、白身を多く入れているのだろう。プリンと言えば純喫茶の珈琲だけど、これはたしかに紅茶向きかもしれない。

「ん、はい。」

差し出されたのは湯気の立つお茶。コップ付き水筒なんて小学生ぶりに見た。

『……ダージリン。』

「正解。その辺で売ってるなんも特別じゃない茶葉だけど。」

ケーキを平等に味わうのに適したシンプルな紅茶。ウォヌさんがどこまで考えてるのかわからないけど、今の私に必要だった味。

5分ほどで3つともぺろっと食べ切る。

「本当にケーキが好きなんだね。」

『……肉体労働は体力使うんです。』

うちの店のプリンを出して、食べ出すウォヌさん。保冷剤は要らないって言うから薄々気づいてたけど、今食べるんだ。

『……ウォヌさんのお店に私はいつから必要ですか？』

「え？来てくれるの？」

……しょうがないじゃん。ウォヌさんのケーキに惚れてしまったんだから。

『いくつか条件を飲んでくれるなら？』

「10月にオープンしたい。そしたらクリスマスに間に合う。場所はいくつか候補があるから、今月中に決まると思う。着工はなるべく早くしてもらうけど、俺は7月で今の職場を退職するから、本格的な準備はそこから。もし手伝ってくれるって言うなら8月から給料を出すよ。」

意外と好条件かもしれない。

『わかりました。7月8月は店が忙しいので退職できるかわからないけど、その方向で動きます。』

「ありがとう。」

そう言って、くしゃっと笑う顔が心臓に悪かった。

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